おことわり(この物語はフィクションであり、実際の国家や人物とはなんら関係がありません)
最近、ジャイアンとのび太の関係が、あまりよくありません。のび太とジャイアンの家は近いのですが、ジャイアンはちょくちょくのび太の家の裏庭に入ってきます。シズカちゃんにも時々、ちょっかいを出しているようです。それで、のび太家の人々は、ジャイアンに対して警戒心を強めています。
しかし、ジャイアンとのび太はずっと仲が悪かったわけではありません。ジャイアンとのび太には、長い長い付き合いがあります。のび太家とジャイアン家は、実は遠縁だという話すらあります。遠い昔、ジャイアン家の一人が不老不死の薬を創ろうとして本家を出てゆきました。彼は新しく家を興しました、その子孫がのび太家であるという説です。もっとも、この真偽はだれもわからず、単なる伝説にしかすぎませんが。
ところで現時点においては、のび太家の人々は、ジャイアン(家の人々)を単に「粗暴な人(たち)」と認識しています。もっとひどい言い方をすれば「アブナイ人(たち)」です。しかし、何世代にもわたるジャイアン家の人々の中には、かなりの教養を持った人間がたくさんいました。というより、ジャイアン家ではどちらかというと、もともと武力よりも、作詩や作文など文芸活動に大きな価値を置いているのです。その証拠に、数多くの思想家を輩出しています。いまのジャイアンを見るとなかなか信じられないかもしれませんが、ジャイアン家における尚文の気風は、じつは今でも不変なのです。
ジャイアンの先祖は文字を創り、のび太家の先祖に教えました。この文字を、のび太家では今でも使っています。これは不老不死の薬の伝説とは違って、れっきとした事実です。ちなみにスネ夫の先祖にもジャイアンは文字を教えましたが、スネ夫の家ではその文字を使うのをやめてしまいました。ジャイアンの影響を排して独自の文化を創ろうという心意気は立派ですが、はたしてうまく行っているのでしょうか。ドラマや映画を作るのは非常にうまくなったようですが。
ジャイアン家の先祖たちがのび太家に伝えたのは、文字だけではありません。集団をまとめるノウハウとか、作物の作り方とか、実に多くのことを教えてくれました。
このように、ジャイアン家とのび太家の間には、長い付き合いがあります。
でもずっと前のことから話し始めると、いくらページがあっても足りません。
そこで、あまり昔のことは端折ってしまって、「ドラえもん」に関連するところから、今日のお話を始めることにします。なぜならジャイアンものび太も、「ドラえもん」の登場人物だからです。実際の主人公は明らかにのび太だと筆者は思うのですが、一応タイトルは「ドラえもん」になっています。ですからやはり、ドラえもんの顔は立てなくてはいけません。
われわれの目にする漫画や映画のストーリーにおいては、ドラえもんはずっとのび太と一緒にいます。そしてのび太に困ったことが起こると、なにか道具を出して、窮地に陥ったのび太を救ってくれます。
ところが現実の世界においては、ドラえもんがのび太を助けてくれたことは、歴史上たった2回しかないのです。
ジャイアンの家の北側に、ジャイ・ハーンという少年がいました。ジャイ・ハーンは最初のころはジャイアンよりは少し弱く、彼に服従していました。しかし成長とともに、乗馬がうまくなりました。ジャイアンがいくら腕っぷしが強くても、馬に乗って攻めて来られてはひとたまりもありません。ジャイ・ハーンに負けて、子分になってしまいました。
ジャイ・ハーンはジャイアンを服従させたあと、のび太も家来にしようと思い、攻めてきました。
のび太を将来から見ていた孫は、ドラえもんを派遣しました。ドラえもんは「突風発生器」をポケットから出すと、ジャイ・ハーンを吹き飛ばしました。ジャイ・ハーンはもう一度攻めてきましたが、その時もドラえもんは「突風発生器」でジャイ・ハーンを撃退してくれました。こうしてのび太家は、ジャイ・ハーンによる蹂躙を免れました。ただしこの事件の後、しばらくはのび太家の内部での内輪もめが続いたようです。
少し本筋とは離れますが、この時だけなぜ、ドラえもんがのび太を応援したのか、筆者にはわかりません。ずっと後にのび太が、(身の程知らずにも)デキスギ君に喧嘩を売ったときこそが「突風発生器」の出番だったのではないかと、筆者はひそかに思っています。
実際にのび太だってその時、ドラえもんが再びやって来て、「突風発生器」でデキスギ君を吹っ飛ばしてくれると信じていたのです。ですが新兵器を使ったのはデキスギ君の方で、のび太をメタメタにやっつけてしまいました。なかなか粘り強く戦っていたのび太も、最後には全面降伏してしまいました。
話をジャイ・ハーンと、のび太の紛争の時代に戻します。
ジャイ・ハーンにはたくさんの兄弟がいました。兄弟同士の仲はあまり良いとは言えず、ジャイ・ハーンの家は次第に分裂してゆきました。相続争いにつかれたジャイ・ハーンは、次第に精彩を失ってゆきました。
そこでジャイアンはジャイ・ハーンをぶっとばして、自分の家から追い返すことができました。
のび太も「突風発生器」の援けを借りたとはいえ、当時は飛ぶ鳥を落とす勢いだったジャイ・ハーンを撃退したわけですから、かなり自信をつけました。それで、ジャイ・ハーンと一緒に攻めてきたスネ夫に対し、仕返しに行こうとしたりしました。しかしこの試みはうまく行かなかったようです。
ちなみにのび太とスネ夫も、昔はかなり仲がよかったのです。筆者は、遺伝子学的にも、のび太家とスネ夫家はほとんど同じと考えています。ただのび太の家とスネ夫の家は、あまりにも近いのです。ジャイアンの家よりもさらに近いのです。家が近すぎるがゆえに、なにかと衝突をするのでしょう。
ジャイ・ハーンの事件からの後かなり長い間、のび太とジャイアンの関係は、比較的落ち着いていました。のび太は時々ジャイアンの家に遊びに行きましたし、ジャイアンものび太の家によく遊びに来ました。
ところが平和な日々は永久には続きません。
ジャイアン家にある事件が起こり、その影響が、のび太を含む周辺の人たちに次第に波及していったのです。
ことの発端はブリ男でした。ブリ男は船に乗るのが好きで、いろいろな商品を外国から持ってきて売るのを商売にしていました。このブリ男が、ジャイアンの父になんと麻薬を売りつけるようになったのです。当然のことですが、ジャイアン家は急速に困窮しました。ジャイアンの精神状態もがたがたになり、ジャイアン家は弱体化しました。
それに目をつけて、ジャイアンの周辺にいるさまざまな人が、ジャイアン家を食い物にしようと狙い始めました。たとえば弱体の原因を作った張本人のブリ男は、ジャイアンの庭の一部を囲い込んで小さな店を始めました。店では麻薬を売ったり、盗品を転売したり、通行人を脅してお金をとったり、やりたい放題です。
それにも関わらずブリ男は、街では「紳士」であることになっています。ブリ男の宣伝と情報操作のうまさは見上げたものです。のび太もいつの日か、これくらいのしたたかさを身に着けて欲しいと、筆者は心から思っています。
ところでジャイ・ハーンの牧場よりさらに北に、ジャイスキーという男が住んでいました。ジャイスキーはブリ男がジャイアンの家を食い物にしているのを見て、うらやましく思いました。そこでジャイアン家の庭にちょくちょく表れて、ジャイアンのものを持ってゆくようになりました。ちなみに、この話は時代に沿って書いていますが、現段階(2022年)での町一番の困りものは、どう見てもジャイスキーのようです。
話を戻しますが、ジャイスキーがジャイアン家にちょっかいを出していた時、のび太はどうしていたのでしょう?実はのび太は密かに力を蓄えていたのです。のび太はジャイアン家がブリ男やジャイスキーにさんざん食い物にされているのを見て、危機感を抱きました。このままでは自分の家も危なくなると考えたのび太は、もはや昼寝ばかりしている少年ではなくなりました。喧嘩の腕を鍛え、必死で勉強もしました。その甲斐あって、それなりに強くなりました。
ところで、ジャイスキーはブリ男の尻馬に乗ってジャイアン家に食い込んだあと、のび太の家を狙っていました。ジャイスキーの家は、なにしろ寒いのです。冬になると、なにもかも凍ってしまいます。冬になっても凍えない部屋を手に入れることは、ジャイスキーの悲願でした。そこでジャイスキーはちょくちょく、のび太にちょっかいを出すようになりました。
ジャイスキーの目から見れば、のび太なんかジャイアンの子分にすぎません。だからジャイスキーは、のび太を叩き潰すくらい、赤子の手をひねるようなものだと思ったのです。
ところがまれにみる努力を重ねていたのび太は、それなりに強くなっていました。なんとジャイスキーを返り討ちにしてしまったのです。これには町中がびっくり仰天しました。小柄で弱いのび太が、ケンカ慣れしたジャイスキーをやっつけるなんて、誰も思わなかったのです。ただその時たまたま、ジャイスキーの家もごたごたしていました。日々、工場で汗を流して働いている次男(ジャイーニン)が、アパート経営のあがりで生きている長男(ジャニコライ)と大喧嘩をして、長男を家から追い出してしまったのです。こういった、ジャイスキー家のごたごたが、のび太の勝因の一部分にはなったのかもしれません。
とはいえ、のび太は自信をつけました。
「ジャイアンより(今は)強いジャイスキーに、ぼくは勝った。だったらジャイアンの家に、ぼくも乗り込んで行ってなにか持ってきてもいいんじゃないか?昔からあいつ、上から目線だからな。ぼくだってホントは強いんだぞ!」
というわけでのび太は、ジャイアンの家の北庭に木材を持ち込んで、基地をつくりました。
このことがジャイスキーにとって、面白かろうはずがありません。ブリ男にしても、のび太ごときが生意気やるんじゃねーよ、と苦々しく思っていました。しかし喧嘩にとりあえずは勝って、脂の乗っているのび太を怒らせると、何をするかわかりません。それゆえ手が出せず、のび太はますます自信をつけてゆきました。
ところがもう一人、のび太をいまいましく思っていた人物がいました。デキスギ君です。
デキスギ君は昔、家にばかりいるのび太を、外に引っ張りだしてくれたことがあります。デキスギ君は見栄えも良いし、明るい性格をしています。そのため、ちょっと前までは街の誰しもに好かれる人気者でした。かといって必ずしも善人というわけではありません。ベト子ちゃんなど、小さな女の子をいじめたりしたこともあります。
デキスギ君がのび太を家から引っ張り出したのには、いろいろ理由があります。そのひとつはブリ男の影響です。実はブリ男とデキスギ君は親戚で、ブリ男が本家筋です。ブリ男の家からデキスギ君の家が分派する際に、両家ではけっこうな争いがありました。ある喧嘩の際にデキスギ君が、手近なところにあったお茶缶をブリ男に投げつけた話は有名です。しかし、昔はこういう争いをしても、とりあえず今は仲良くしているところが彼らの大人なところです。
ブリ男は今でも紳士で通っているのですが(不思議なことです)、さっき書いたように、昔は麻薬を売ったり人身売買をしたりと、それはもう大変な「紳士」ぶりでした。もともとが海賊だから仕方がないのですが。ブリ男が文字通りブリブリ言わせているのを見たデキスギ君は、自分も街の他の人たちと「仲良く」したかったのです。「ドラえもん」に出て来る本物のジャイアンは、のび太の持っているものが欲しいときによく、「のび太~。仲良くしようぜ」といってコブラツイストをかけたりします。デキスギ君もそういう意味で、のび太と「仲良く」したかったのです。
そして、のび太の交流関係における最重要人物は、次第にジャイアンからデキスギ君に変遷してゆきます。その話は次回以後に書くことにします。