








これを読んでいただいている皆様の中で、カラスがお好きな方はおいでだろうか。おそらくはおいでになるまい。
カラスに対して、人々は一般的にマイナスのイメージを持っている。盛り場ではよくゴミ箱をあさっているし、浮世草子では、屍をついばんだりしている姿が描かれている。一般的には、不吉な鳥とか、ずるい鳥と思われているのではないだろうか。
ぼくも以前は、そのように思っていた。しかし昨年の夏、ある出来事があってから、カラスが嫌いでなくなった。今回はその話を書く。
まずは、ぼくの居住環境につき説明させていただく。
ぼくの勤務している大学は、高松市の郊外にある。市の中心部から車で行くと、30分ほどかかる。つまり、かなりの田舎にある。
大学は国立であるので、すぐ近くに職員用の官舎がある。家賃はすこぶる安く、月に15000円である。築40年で、もろに「昭和の団地」風の造りである。ただ周辺には林や池があって、なかなかに風光明媚である。図1は官舎のすぐ隣にある山の景色、図2は大学から官舎側をみた景色、図3は官舎の一角の様子である。



ぼくは官舎のほか、高松市の街中にも部屋を借りている。しかし夏は官舎の方が涼しい。また夜中まで仕事をするときには、官舎は便利である。5分で歩いて帰れるからだ。
不動産価値から言うと、官舎のレベルはかなり低い。全室が畳張りで、しゃれたところなど一つもない。もし東京にあったとしたら、誰も借りないのでないか。それくらいダサい造りだ。幸いにしてぼくはいままで、刑務所に入ったことはない。しかしおそらく、刑務所の部屋と、わが官舎の部屋は似ているだろうと思う。実際に、大学の職員でもこの官舎に住みたがる人は少ないので、半分以上は空き部屋になっている。
しかしぼくは、そんな事はぜんぜん気にしない。週のうち3日くらいは、なかば廃屋と言っても良い、この官舎に泊まる。なんといっても便利だからだ。
官舎には、周辺の小山や林から、ハトや小鳥がよく飛んでくる。
4階建てであるが、エレベーターはない。階段で上がるようになっていて、各階の間には踊り場がある。迷い込んできた鳥が踊り場を糞で汚すと困るので、踊り場の周りには、防鳥網が張ってある(図4)。それにも関わらず、スズメなどが踊り場に迷い込で来ることが、ときどきある。スズメは体が小さいから、防鳥網と壁の間を、くぐり抜けて入ってくるのである。

多くの場合には、スズメはその隙間をもう一度くぐりぬけて、出て行ってくれる。しかし要領の悪いスズメも時たまいて、自力で出ていけない。
そういう場合には、ぼくが救出しなければならない。まず彼らを捕まえなくてはいけないのだが、怖がって飛び回るので、捕まらない。しかししばらく待つと、だんだん疲れて飛べなくなる。この段階で捕まえる。そして官舎の庭に彼らを連れていって、放す。疲れ果てて飛べない場合には、水やパンくずなどを与えて、少し休息させる。そうするとたいていの場合には、飛び立ってゆく。このようにして、今までに5~6羽のスズメを救った。
しかし今年の夏は、大物が迷い込んだ。話の流れからとうに予測されていると思うが、カラスである。
【月曜日】
そのカラスとはじめてであったのは、月曜日であった。長い手術のあと、ぼくは疲れ果てて官舎に戻ってきた。夜中の11時くらいである。
すると上の方で、鳥の羽ばたきが聞こえる。ぼくの住んでいる階ではなく、最上階の踊り場から聞こえてくるようであった。
そこで階段を上って行って、踊り場の電灯を着けた。そうするとカラスがいたのである(図5)。羽音が大きかったので、小鳥ではなかろうと思ったのだが、よもやカラスとは!

カラスには失礼だが、彼らはあまり縁起のいい鳥とは思われていない。「カラスが鳴けば、人が死ぬ」などという迷信すらある。しかも、真夜中である。カラスを見たぼくは、正直言って、あまりいい気持ちはしなかった。
そして、どうやってカラスがこんなところに迷い込んだのか、不思議であった。防鳥網の目は細かく、1.5センチくらいである。スズメですら網目をくぐれないのに、どうして入ってこれたのであろう。網をくぐることはできないはずだから、このカラスはおそらく、1階の踊り場から入ったのであろう。1階また1階と階段を上がって、しまいに最上階に来てしまったのに違いない。
どうやって迷い込んだのかわからないが、現にカラスはいる。対策を考えなくてはいけないが、カラスは頭が良いと評判の鳥である。ぼくが積極的に救出しなくても、なにかいい方法を見つけて出ていくであろう。
そう思ったので、その日は部屋に帰って、そのまま寝てしまった。
【火曜日】
翌朝、どうなったか見に行った。
まだカラスは居た。どうやら昨日は脱出できなかったらしい。ぼくに捕まえられるのを怖がって、上の方に停まっている。俗に「鳥目」というように、鳥類は夜間には視力が落ちるらしい。だからこのカラスも、朝になるのを待ったのであろう。
おそらく今日の昼間には、出てゆくに違いない。そう考えて、ぼくは仕事に行った。
仕事が終わると、また様子を見に行った。
すると、まだいるではないか!最上階の踊り場には、天井付近にハシゴが打ち付けてある。給水塔の工事をやる際に、ここから屋上に上るためだ。カラスくんは、このハシゴの上に停まっていた(図6)。
ぼくは彼に「お前、早く出て行けよ!」とどなった。

カラスくんは怖がって、ハシゴから飛び立った。しかし防鳥網にぶつかって、出ていけない。それでまた、ハシゴの上に戻ってしまう(図7)。同じことを繰り返す。いくらやっても無駄なことに、気が付かない。

網を超えて外へ出ることはできないから、階段で1階まで下りてゆくしかない。つまり、飛行ではなく、歩行で脱出するよう、発想の転換が必要なのである(図8)。

そのことをカラスに伝えるために、ぼくは階段の下を何回も指さしつつ「こっちにおりるんだよ!」と叫んだ。そして階段を何回も登り下りし、ぼくを真似るように、カラスくんに促した。
しかしぼくがどなるたびに、カラス君は、無駄な飛行を繰り返すばかりだ。夜の9時から10時くらいまで1時間くらい頑張って見たが、まったく効果がない。
きっと、ぼくが床にいるから下に降りてこれないのだろう。いなくなったら降りて来て、自分で階段を下りるかもしれない。そう解釈して、部屋に帰って寝ることにした。ぼくだって忙しいのだ。
ただ、二日間水を飲んでいないカラスくんが脱水になると心配だったので、洗面器に水を汲んできて床に置いておいた(図9)。

【水曜日】
翌日も朝早く起きて、カラスが出て行ったか見に行った。
そうすると、相変わらず居るではないか。ぼくが現れると逃げようとして、防鳥網に向かって無意味な突撃を繰り返す。相変わらずアホだ。
しかし洗面器の水を飲んだ形跡はある。地面におりてくることは、できるのだ。少しは進歩した。ただ、階下に降りることまでは、思いつかないらしい。
今日はその点についてコーチングしよう。そう思って仕事に行った。カラスはここ二日間なにも食べていないから空腹であろう。それで、パンを床に置いておいた。
その日も、はやめに仕事を切り上げた。
18時ごろに戻って見ると、やはりカラスはまだいる。
朝置いたパンは、しっかりなくなっている。おそらく体力も回復したであろう。また教育を開始した。
ぼくはまず「こうやって下に降りるんだよ!」と言って、5・6回、階下に降りる見本を見せた。そして、新しく持ってきたパンをちぎって、その経路上に配置した。
カラスは黙ってぼくのやることを見ている。
今いる4階から1階まで、一息に降りるのは少しむつかしいかもしれない。しかし(パンを食べに)4階の踊り場に下りて来ることはできる。だからもう一工夫すれば、3階と4階をつなぐ階段まで、下りて来れるであろう。そうしたら今度は3階の踊り場に誘導しよう。
そう思って、しばし姿を消してみた。
30分ほどして戻ってみた。
ぼくは唖然とした。
カラスは相も変わらず、防鳥網に向かって無駄な突撃を繰り返しているではないか!
何一つ進歩していない。ぼくがあれほど熱心に教えてあげたのに、「飛行」から「歩行」への切り替えが、まったく理解できていないのだ。ぼくは思わず、「おれはお前ほどバカなカラスは、見たことがないよ!」と言った。
なんだか力が抜けた。もう疲れた。パンも水もあるから、よもや飢え死にはするまい。面倒くさくなったので、その日も部屋に帰って寝てしまった。
【木曜日】
朝起きてカラスくんを見に行ったが、やっぱりハシゴに止まっている。
このカラスは、本当にバカなのだ。
カラスくんにとっては、階段を下りて脱出するのがベストである。しかし、彼がそれを理解するのは無理であることが、この3日間の付き合いで、とてもよくわかった。
ならば解決策は一つしかない。カラスが通り抜けできるように、防鳥網に穴をあけることである。
しかし防鳥網は官舎の一部である。官舎は、大学の所有に属している。そして大学は、国立である。ということは、防鳥網は国家財産である。国家財産に穴を開けると、なんらかの罪に問われるのではないだろうか。
そうは思ったが、こうでもしない限り、カラス君は出ていけないのである。ぼくは国家からお咎めを受けるかもしれないが、まさか懲役にはなるまい。なにか言われたら、「酔っぱらって帰ってきたら、網に頭を突っ込んで破ってしまいました」と言おう。
方針が決まった。
ところで、こう何日間もカラスに付き合わされていると、自然とカラスに対して興味が湧いてくるものである。それで、カラスについて、いろいろ検索してみた。
すると意外や意外、ぼくはカラスを不吉な鳥と思い込んでいたのだが、神仏論的には、むしろ縁起がいい鳥らしい。
「日本書紀」によれば神武天皇は、天照大神の遣わしたカラスに導かれて日本を建国したらしい。ぼくは日本を建国するつもりなどさらさらない(もう出来てるし)。また、天照大神の派遣したカラスはものすごく賢いのだろうが、ぼくが相手しているカラスくんはかなりのバカなのだ。このように、神武天皇とぼくでは状況はかなり異なる。しかし、歴史的にカラスが高く評価をされていることで、ぼくは何となく嬉しくなった。
18時半ごろに仕事を切り上げて、官舎に帰った。そしてハサミを使って、網に孔を開けた(図10)。

その上でカラスに「はよー、出て行かんかい」と言った。なぜか関西弁になった。止まり木から飛び立ったカラスは、穴を通過して外に出ていくであろう、そう思った。
ところが、ところが、である。
カラスは孔より少し上の位置にぶつかり、また元の位置に戻ってしまうのである(図11)。いちど網につかまって、少し下方に移動し、そのあと外に出てゆくという芸当ができない(図12)。


これには本当にガクッときた。カラス一般は賢いかもしれないが、やっぱりこのカラスは本当のバカなのだ。バカ中のバカなのではないか?
だが待てよ。脱出へのルートが新しくできたのを見て、興奮しているのかもしれない。きっと今晩中には冷静になって、この穴を通って出て行ってくれるだろう。
そう思ったので新しいパンと水を置いて、その日も部屋に戻って寝てしまった。
【金曜日】
いなくなってくれているだろうという祈りも虚しく、翌日の朝になっても、カラスはやっぱり居た。
「お前はやっぱり、本当のバカなんだな。オリンピックに出られるよ」と毒づいて、ぼくは仕事に出かけた(いま考えるとこのセリフもかなりバカだ。「バカのオリンピック」などあるはずもない)。
いつもならぼくは、この官舎には週に2日か3日しか泊まらないのである。しかしその週に限っては、早朝にカラスを見に行くために、毎日泊まっている。カラスの世話をせんがために、一度も街に呑みに行っていない。
官舎はかなりの田舎にあって、周辺になんの店もない。本当に何もないのである。香川県は車社会で、大部分の職員は車で通って来る。30分ほど運転すれば高松の中心部に出られるので、大学の周辺に店が存在する理由がないのである。ひなびた温泉やスキー場などより、もっと何もない。大学の中に、しょぼくれたコンビニがひとつあるだけだ。
それゆえぼくはここ数日間、呑みにゆくどころか、毎日の夕食をカップラーメンやパンで済ませていた。ちなみにカラスくんのパンも、一緒に買っていた。
今日こそ出て行ってもらわないと困る。毎日暑いのに、ビールも飲みに行けない。今日という今日は、強硬手段も辞すまい。
仕事を終えたぼくは、気合を入れて、官舎に帰った。
その日は新兵器を、大学から借りて持ってきた。竹ぼうきである。
昨日のカラスくんは、例の無駄な突撃すら、あまり熱心にしようとはしなかった。
水とパンが労せずして得られるとわかったので、怠けていたのだろう。
ぼくの人格が疑われると困るので、あらかじめ断っておく。竹ぼうきを持ってきたからと言って、ぼくはカラスくんを叩くつもりなどは全くないのである。かわいそうではないか。しかし、カラスくんの居心地がよくなって、脱出する気がなくなってしまっては困る。竹ぼうきは、カラスくんが怠けるのを阻止するために使うのだ。
それに、神武天皇のカラスが弓に止まったように、ぼくのカラスくんも竹ぼうきに止まるかもしれない。そうしたら、防鳥網に空けた穴から、カラスくんを出すことができるだろう。
要するに竹ぼうきは、神武天皇の弓のようなものである。すこし論理がおかしくなってきたので先に進む。
とにかくぼくは竹ぼうきを使って、ハシゴに止まっているカラスくんに、下りてくるように促した。しかしカラスはまたぞろ無駄な飛行をして、防鳥網に飛び移るだけだ。
ところで、ぼくの様子は団地中から丸見えなのである。カラスくんのいる踊り場は、最上階である4階にあるし、防鳥網は透け透けだからだ。客観的に見ればぼくは、竹ぼうきを使ってトリをいじめている、あぶないオッサンそのものではないか!
10年ほど前になるが、ふとんを叩きながら隣家に「はよー引っ越せ!しばくぞ!」と怒鳴る主婦が、「ひっこしオバサン」としてマスコミに叩かれたことがあった。ふとんタタキを振り回す動画が拡散されて、ひっこしオバサンは全国的に有名になった。
ぼくも箒を振り回している姿を、動画にでも撮られてはたまったものではない。「ほうきオジサン」として炎上するかもしれない。
それに、箒がカラスに当たらないように気を付けつつ警告し続けるのは、かなり疲れるものである。箒を振り回すと、かなり腕に来る。1時間くらい悪戦苦闘すると、へとへとに疲れてしまった。
もう、なるようになるであろう。その日はカラスくんもかなり努力したので、パンと水を多めにおいた。そして、部屋に帰って寝た。
【土曜日】
翌朝、カラスの様子を見に行った。相変わらずカラスはまだ、ハシゴに停まっていた。「もうお前は、一生、ここで暮らせ!」ぼくはそう毒づくと、持ってきたパンを床においた。
そうすると驚くべきことが起こったのである。なんとカラスが下りて来て、パンをついばんだのである。どうも、ぼくになついたらしい。
試しに、階段をすこし下りてみた。
さらに驚くべきことに、カラスは後からついてくるではないか!
4階から3階へ誘導できたので、3階からすこし下に降りてみた。やはりついてくる。
保母さんの後をついてくる園児よろしく、よちよちとぼくの後をついてくる。このときは本当にカラスが、かわいく思えた。
2階への誘導も成功した。勢いに乗って1階までカラスを誘導した。1階まで来ると、カラスはさすがに前の庭に出て行った。肩の力が一気に抜けた。
カラスは10秒くらいぼくの方を見ていた。ぼくは餞別代りに、手に持っていたパンのかけらを、カラスに向かって投げた。
カラスはそれには手を付けず、6日ぶりの空に、飛び立っていった。
かくして、約1週間に及ぶ、ぼくとカラスの交流も終わりを告げた。
それからどうも、カラスの間での、ぼくの評判がよくなったようなのである。
官舎の前には電線がある。20羽くらいの群れがよくとまっているのだが、彼らの暖かい視線を感じる。もしかしたら恩返しをしたいと思っているのかもしれない。
しかし、彼らが恩返しをするとしたら、具体的にはなにをするであろうか。道端に落ちている食べ物とか、ネズミとかモグラなど小動物をもってくるかもしれない。そういうものを持ってこられると、ぼくとしてはかえって困る。
だから本来ならば、なるべくそっけない態度をとるべきであろう。
だが1週間、かれらの一人(というか一羽)と過ごしたおかげで、ぼくの方でもカラスたちに対して、何となく親近感がわいてしまったのだ。おそらくそれが通じているのであろう。
あまつさえ、そのうちの一羽が、どうもしばしば現れるのだ。おそらく、ぼくが助けた奴であろう。
人生には本当に、思いもつかないことが起こるものだ。まさかカラスと仲良くなるとは思わなかった。いろいろあったが、ぼくにとっては嬉しい思い出になるであろう。
しかし反面で、思いもよらない問題が生じたのである。
どういう問題か。
カラスのなかで、ぼくが助けたあいつは、ぼくのことを識別できるらしい。しかしぼくの方では、あのカラスがどの個体であったのか、識別できないのである。1羽がときどき寄ってくるから、ああこいつだな、とは判る。しかし群れでいると、どれが彼(もしくは彼女)かわからない。
カラスは賢い鳥だとは言われる。しかしぼくが助けたあいつは、自力では網から脱出できなかった。カラスの中では、かなりアホな個体なのであろう。
ヤツはぼくを認識できる。だが、ぼくはヤツを認識できないということは、ぼくはヤツよりも「さらにアホ」ということにはならないであろうか。カラスたちはぼくの知能レベルを「かなりアホ」とランク付けしているに違いない。
ときどきそう考えて、モヤッとしているのである。

ぼくは常日頃、どうでもよい文章をブログに垂れ流している。
しかしこんなぼくとて、ある程度の自己規制はしている。それは、食べ物屋について『るるぶ』あるいは『食べログ』的な記事はなるべく書かないという事だ。
ぼくはたまたま良い店を見つけても、よほどのことがない限り、その店や写真を撮って、SNSにはアップすることはしない。
われわれが写真や文章をSNSにアップする目的は「知っていただく価値のあるもの」を皆さまに伝えるためである。
料理や店をそのままアップする場合、主題となるのはその店の雰囲気なり、料理である。それらは自分とは、直接の関係はない。店がすばらしかったとしても、ぼくがすばらしいわけではない。それなのに自分のページで伝えるのは、何となく「虎の威を借るキツネ」的な感じがして気恥ずかしいのである。
これはひねくれた考えであることは重々、承知している。人々がレストランや料理の写真をアップするのは、いい店に行った経験を皆と共有したいという善意からくることは、よくわかっている。さらに自分もそうした投稿をよく読んで、楽しませていただいている。
しかし、自分がそういう投稿をしたとすると、どうしても「どや!」的な厚顔さが前面にでてしまう気がする。それでなくともぼくは、大量のアホな文章を、頼まれもしないのに公共の場に送り込んでいる。これ以上、どうでもいい情報を世間様に垂れ流して良ものであろうか。そういう葛藤がゆえに、ぼくは滅多なことでは、料理関係の情報をSNSにアップしないのだ。
しかし今回だけは、あえてその禁を破らせていただき、ある店に行った経験をご報告する。言う事とやることが都合よくころころ変わるのが、このブログの特徴なのである。
その店は、とてもとても変わっている。
まず、場所が非常にわかりにくい。暗くなってから、自力でたどり着こうと思っても、まず不可能である。100人中98人は、おそらくたどり着けない。
そして魚介類がものすごく美味しい。漁師さんがやっているから当然なのだが、なぜか獣肉もだす。
そして板さん(というか漁師さん)の話がきわめて面白いのである。
さらにさらに、一日に1組しかお客さんをとらないのである。
こういう風に「変」と言っても、この店はいい意味で「変」な店である。だから、このブログを読んだ方は行ってみたくなるかもしれない。そして、ぼくもみなさんに、できることならぜひこの店に、一度行っていただきたい。
だけどあなたが四国、しかも四国東部に居住しているのでなければ、この店を訪れるのは、かなりの困難を伴うはずだ。
まず店は、阿南(あなん)という、徳島の中でも辺鄙な所にある。そもそも徳島そのものが、東京や大阪から見るとけっこうな田舎である。それなのに阿南市は、県庁所在地である徳島市よりも、さらに引っ込んだところにある。
加えてこの店は、阿南市の市街からもけっこう離れている。付近にバス停や駅など、まったくない。とどめに、店にはまともな看板すらおいていないのだ。ぼくたちは念のため、食事の3時間くらい前に下見に行った。昼間なのに店を見つけ出すのに、20分ほど付近を歩き回った。夜ならばたぶん、見つけられなかったであろう。
ここまで変な店だが、ぼくは機会さえあれば、また行ってみたいと思っている。このブログの読者にも変な方々が多いから、行ってみると感動するかも知れません。それで今回は、その店の話を書きます。
発端となったのは、高校の同級生のJ君との会話である。J君は東京に住んでいるが、よく四国に遊びに来てくれる。旅行が好きだし、奥さんの実家が岡山にあるからだ。
ぼくは香川に来てもう11年になるが、仕事の関係で、そのうちに大阪に移り住む。四国にいる期間も、もうそれほど長くはない。だったら今のうちにいろいろ廻っておこう、という話になった。今年(2025年)の9月中旬の話だ。オバサン同志はすぐ仲良くなって、旅行やカラオケによく行ったりする。だけどオジサンたちだって仲が良いのである。
高校同級のオジサン二人は、いつ旅行に行こうかと相談した。お互いの予定をすり合わせると、空いているのは10月の第4週末だけであった。ほんの1か月先である。箱根や伊豆ならば、1か月先の予約はおそらくとれないであろう。
しかし四国は田舎である。東京や大阪から来るには、少し遠い。ゆえにいつもだったら、観光客はそれほど多くはない。直前に予約しても、なんとか宿は手配できる。
ところが今回に限っては、宿の予約がまるで取れない。たまたま瀬戸内芸術祭というのをやっていて、それを見に来る外国人が多いためだ。著名なホテルは、のきなみ部屋が埋まっていた。
はじめ高知や愛媛の宿をチェックしたのだが、これらの県はもともと、かなり観光で人気が高い。しかも瀬戸内芸術祭のおかげで、日ごろは1泊10000円くらいのホテルに、45000円などべらぼうな値段がついている。10000円から15000円くらいの宿は空いていたが、安かろう悪かろうで、まったく泊まる気になれない。
それほど高価でなく、かつきれいなホテルを探していたところ、徳島県阿南市にある、「ルートインホテル」がアンテナにかかった。
ぼくは香川県にもう11年も住んでいるので、四国のたいていの観光地にはすでに行っている。足摺岬も室戸岬ももちろん行ったし、松山や宇和島も何回も泊まっている。ついでに言えば、淡路島も熟知している。
しかし徳島県のことは徳島市以外、ほとんど知らない。これは香川と徳島の位置関係に起因する。高速を使えば、高松から徳島までは1時間で行ける。浦和と横浜の関係のようなもので、わざわざ行って泊まろうという気にはならない。それゆえ、ぼくにとっては空白地帯であったのである。
まだ四国にいるあいだに徳島をしっかり見ておくのも悪くないと思ったし、地図を見ると阿南市は海から近い。ぼくは海が大変に好きである。だから阿南に行こう、ということに決まった。
目的地と宿が決まったので、次は店である。阿南に良い店はないだろうかといろいろ探した。海沿いだけあって、海産物の美味しい割烹がたくさんあるらしい。
しかし、ぼくらオッサンは百戦錬磨だ。ありきたりの店では満足しない。「るるぶ」や「食べログ」に載っているような店なんか、ガキのゆくものだと鼻で嗤っている(いやなオッサンたちだね)。
ところがところが、あったのだ。海千山千のオッサンたちを満足してくれそうな店が。「八福」という店である。
この店は、海のすぐ近くにあるという。マル。
漁師さんがやっているという。マル。
店にあるのはカウンターだけであり、定員はたったの4人であるという。マル。
この店はきっといい店であろうと思って、電話してみた。電話番号は080で始まっている。店主の携帯なのだ。
10コールほどもして、ようやくつながった。
すると「今、船の上にいるので、明日また連絡してください」という。イカ釣り漁に出ているという。おお、これはホンマモンの漁師の店だ。二重マル!
というわけで、宿と店が確保できた。
約束の日になった。 J君とぼくとは高松で待ち合わせをし、ぼくの車で徳島に向かった。13時に高松を出たが、すこし渋滞があったので、阿南市には15時半ごろ到着した。
ネット上の(数少ない)口コミには「場所がわかりにくい」書いてあった。いざ行ってみて見つけられないと困るので、まだ明るいうちに下見をすることにした。
ところが、調べておいた店の住所に行っても店らしいものが何もない。まだ明るかったので、しばらく歩き回わって探した。しかし、やはり店らしきものはない。
ふつう郊外に店がある場合、なにがしかの道案内がでているものだ。なるべく多くのお客さんにきて欲しいのだから、それが当然のはずだ。ところが、ぼくらが今日ゆく「八福」に限っては、そういったものが何一つない。カーナビで確認すると、店のある住所に来ているはずなのに、民家があるだけだ(図1)。

みなさまにお聞きしたい。あなたはこの民家を見て、飲食店と思うであろうか。おそらく100人中99人の方が、思わないだろう(しかし結論としては、ここが店だったのである)。
われわれは20分くらいも付近を歩き回って探した。しかしどうしても見つけられない。何回もカーナビとグーグルマップに照らし合わせてみた。先ほどの民家で住所は間違っていないはずである。しかしどう見ても、飲食店にはとても思えない。ウェブに掲載された住所は、おそらく間違っているのであろう。
これはもう、帰るしかない。
しかし悔いを残したくないので、最後の最後に、もう一度だけ確認しよう。
そう思って、先ほどの民家の庭に入らせていただいていただいた。庭に入ったアングルから見ると、この家は図2のように見える。ふたたび皆様にお聞きしたいが、これを料理店だと思う方、どなたかおいでになりますかね?

詳細に観察して、ようやく看板を見つけた(図3)。看板というより、小学生の夏休みの宿題のようだ。しかし「八福」とたしかに書いてある。ようやく見つけた!ここが店なのだ!人の気配は全くないが、おそらく漁にでているのであろう。

ここでまた、皆さまにお聞きしたい。もしも皆さまの家の庭に見知らぬオッサン二人がいきなり入ってきて、いろいろ調べ始めたら、皆さまはどうするだろうか。
おそらくは不法侵入として、警察に通報するはずである。腕に覚えのある人ならば、バットもしくは木刀を持って出てくるかもしれない。
しかし、ぼくらとて言い分がある。この店の庭は広く、看板は小さい。庭に入らなければ、この看板を認識することはとうてい無理だ。また、ご丁寧にも店名の「八福」のあたりにワイヤーが巻き付けてあって、読みにくい。あまつさえ、自転車を前において看板を遮っているのである。要するにこの店は、「不法侵入」をしたうえで、ウロウロと観察をしなければ、見つけることが不可能なのである。
ここまで見つけにくい店は、まずないのではないだろうか。ギネスブックに申請できるかもしれない。昼間だからよかった。また、住所がまちがってなくて本当に良かった。もしここが民家だったら、われわれ二人は家の庭に立ち入ったことになる。下手をすれば警察沙汰である。
もしかしたら店主は、客を試しているのかもしれない。ライオンは千尋の谷に我が子を落とし、這い上がってきたものだけを育てるという。店主も客をふるい落とし、這い上がってきた客だけを客と認めるのに違いない。
いやがうえにも、期待が高まる。
しかし、店が見つかったからといって油断はできない。ぼくらが本日泊まる宿は、ここから5キロくらい離れている。飲みに来るのだから、もちろん自分で運転して来ることはできない。タクシーで来るしかない。しかしタクシーの運転手さんは、もしかしたらこの店を知らないかもしれない。その場合、ぼくらが道を案内しなくてはいけない。それゆえオッサンたち二人は、宿まで運転して帰る途中、必死に道を覚えた。
宿にチェックインすると17時であった。ルートインホテルには、かなりいい感じの大浴場がある。酒を飲んで帰ったら、寝る前に入ろう。予約の時間は18時半なので、少し休んで18時10分にホテルにタクシーを呼んだ。
運転手さんに「『八福』という店に行きたいのですが」というと、「その店には何回か行ったことがある」という。よかった!
しかし運転手さんは親切心からか、見も知らない小道をぐんぐん運転してゆく。ぼくらが苦労して覚えた道とは、まるで違うルートである。
「ここのはずです」と言って車が停まった。
あたりはすっかり暗くなっていて、昼間とはまるで様子が違う。街灯などないから、本当に真っ暗なのだ。先ほどの場所と同じなのかどうか、皆目わからない。
ライトアップされた看板とか電灯とか、手掛かりになるものが何一つない。まったくの暗闇なのだ。人の気配すらない。
運転手さんは「あれれ、おかしいなー」と、頼りないことを言い始める始末。しかし責任を感じたのだろう、携帯で電話をかけてくれた。
電話はすぐにつながった。「いま行きます」という。店主はこの、門燈ひとつ点けていない家の中にいるのだ!
何秒かして、真っ暗だった家から灯がこぼれ出てきた。店主が戸を開けたのだ(図5)。

図5はこの時の入り口の様子である。フラッシュをたいてこの状態なのだ。戸を開ける前の暗さを推し量っていただきたい。図6は、この時にもう一度、先ほどの「夏休みの宿題風」の看板をとったものだ。暗闇の中でこれに気が付く人は、たぶんいないのではないか。

図6:暗い状態での「看板」
中に入ると土間があり、小上がりがあっていろりが置いたりしている(図7)。

その向こうにカウンターがあった(図8)。というか、カウンターだけしかない。

店主は漁師さんではあるが、ガテン系ではない。筋骨たくましい感じではなく、痩せている。僧侶と言った方がしっくりくる。知的な感じである。

まずはビールを注文した。真っ暗な空間の中で、このカウンターだけが灯に照らされている。不思議な感じがする。これはもしや夢ではないか。
店主は謹厳な感じがする人だ。40代後半と言ったところか。饒舌ではない。僧侶の中でも禅僧で、警策を持って座禅を監督しているのがよく似合う、そういう雰囲気を持っている。
その厳格な僧侶と差し向かいに座ったオッサン二人は、緊張した。高倉健の「網走番外地」や「大脱獄」などの映画には、刑務所での食事シーンが出てくる。受刑者たちは居住まいを整えて、食事をいただく。オッサン二人も、思わず背筋を伸ばして座る。気分はすっかり受刑者になっている。
「よくこの店のことを調べましたね」と刑務官どの(店主)がおっしゃる。
ぼくは「ハイ!ネットでいろいろ調べると、この店が良く思えたのであります!」と答える。自然に受刑者の言葉遣いになっている。
カウンターの向こうには、なぜか日本刀が飾ってある。受刑者たちは緊張する。刑務官どのはまず、カワハギの作りを出してくださった(図10)。受刑者ひとりにつき、一皿ずつ、つまり一匹分の量だった。

このカワハギの造りが、めっぽう美味しかった。誇張でなく、いままでの人生で食べたカワハギのなかで、いちばん美味しい。
二人の受刑者は、もはやビールを飲んでいるのがもったいなくなってきた。そこで高知の地酒の「酔鯨」を注文(図11)。なみなみと升に盛られた酔鯨とともに味わうと、カワハギの造りがホントーに美味い。とくに肝が美味しい。大きくて、味が濃厚なのだ。この肝の味にケチをつけるやつがいたら、海原雄山だろうが北大路魯山人であろうが、ビール瓶で頭をどついてやろう(そうしたらホントに受刑者になるね)。

カワハギの造りと高知の地酒で、受刑者たちの気持ちもすっかりほぐれてきた。そこを見計らったように、刑務官どのは魚介を盛り合わせた大皿を出してくださった(図12・図13)。


大皿に8~9品の造りが盛り合わせてある。受刑者たちは刑務官どのの恩情に感謝しつつ、一片一片ありがたくいただく。
四国には栗焼酎というのがある。受刑者2人はこの栗焼酎を大変に愛飲していて、四国のどこに行っても必ずこれを注文する。その中でも「ダバダ火振(ひぶり)」という銘柄のファンである。ありがたいことに刑務官どのの店には、この銘柄の酒があった(図14)。嬉しくなった受刑者たちは、この焼酎をボトルで注文した。

この「ダバダ火振」が刺身に、非常によく合った。受刑者たちの酒が進む進む。いつの間にやら、受刑者二人のおとなしさはすっかり消え去って、ふつうのオッサンに戻った。
ここへくるお客さんは、おそらくみんな同じような反応をするのであろう。ご主人は、われわれの気持ちがほぐれるタイミングで、少しずつ話しをし始めた。
「お客さんたち、生まれは関東ですか?この店には関東からもよくお客さんが来るんですよ。しかもリピーターになって、何回もいらしてくださいます。」
なるほど。リピーターが多いから、目立つ看板を作らなくても良いのであろう。初見のお客さんがこのあたりを通りかかってぶらりと入ることなど、ありえないのだ。
「なぜか海外のお客さんも良くいらっしゃいます。この間はドイツの方がおいでになりました。」
なんと。やはりドイツ人!
四国はなぜかドイツの旅行者に人気がある。山などで歩いていると白人のハイカーによく出会うが、ドイツ人である率がかなり高い。四国の自然とドイツの文化がマッチするのかもしれない。それにしてもこの店を見つけ出すのは並大抵ではない。日本人ですら来る人は少ないであろう。ドイツのお客さんは、よくぞこんな隠れ家を見つけるものだと思う。ノーベル賞を受賞したドイツ人学者は非常に多いけれど、かの国民の並外れた調査力と、無関係ではないであろう。
そう思って酒を飲んでいると、アワビの焼いたのが出てきた(図15)。かなり大きなアワビである。これがまた、栗焼酎によく合う。アワビの肝がソースとして良く機能している。

酒が進み、料理にうなずくにつれ、店主との話も弾む。店主はこの近辺の生まれだが、京都の大学を卒業したそうだ。僧侶のような雰囲気だから仏教系の大学を卒業したのかも知れない。
この店は、夜はこのような高級な食材を出すのだが、昼間はランチをやっているという。このあたりの子供たちに、食べ物のありがたさと、魚の本当の美味しさを教え伝えるために、1000円程度で食事を出しているそうだ。「八福」「阿南」で検索するとランチについての書き込みはいくつか出て来る。みなさまも検索してみていただきたい。「非常にコスパが良い」という評判なはずだ。
店主は「食育の大切さを、こどもたちに知ってもらうため、採算を度外視してやっているんです」という。たいへんな立派なこころがけである。
しかし、採算を度外視してばかりいては、店は持たないであろう。この店はいい店だ。ずっと残って欲しい。ぼくらがさんざん飲み食いして売り上げに貢献すれば、店は安泰であろう。そういう都合のよい理屈をつけて、オッサン、もしくは受刑者二人は、浴びるほど酒を飲む。刑務官どのは酒がなくなればすぐに継ぎ足してくれる。ダバダ火振は二人で2本空けたし、日本酒も何杯飲んだかわからなくなった。
店主とオッサンたちの話は、いやがうえにも盛り上がってきた。
ここの店主は、本業は漁師である。だから最初は、漁ならびに魚についての内容が中心であった。たとえば「魚は自分より大きな餌でも飲みこもうとするが、それは可能か」とか「雨の日には魚がとれやすいのか否か」などである。
ところが次第に、話は漁から猟へと移ってきた。今年(2025年)は全国的にクマの出没が多い。クマの駆除が必要ですね、という話から、そう流れてきたのである。
そうすると、この店はなんと獣肉も取り扱っているという。しかも今日は新鮮なシカの肉が入っているという。オッサン二人は迷わず、それを注文した(図16)。

店主はシカ猟について話してくれた。徳島県ではシカが多く、農産物に被害を及ぼす場合がある。それでやむなく駆除するのだが、猟師さんがシカを撃った場合、30分以内で処理しないと、肉がうっ血して臭くなるそうだ。だから「シカを撃った」という連絡を受けたら、店主は大急ぎで店に戻ってくるし、猟師さんも大急ぎで獲物を運んできてくれる。そういう苦労を通じて供されたシカ肉が、まずいわけはない。オッサン二人は酒を飲みつつ、肉ももりもり食う。
オッサン二人は飲みも飲み、食いに食った。それでいて勘定は1人当たり、東京―神戸の新幹線代くらい(片道ですよ。念のため)。非常にリーズナブルである。
J君と店主は、最後に記念写真をとった。
この店はいい店だ。ぜひまた来よう。オッサン二人は思わず決意した。

幸いなことに帰りもタクシー(というか代行)が見つかった。オッサン二人は宿に帰った。すっかり気分の良くなった二人は、大浴場に行くのを忘れて、部屋で爆睡したのは言うまでもない。

まず、扉の絵をご覧になっていただきたい。これをある人にお見せしたら「ど下手なマンガですね」と言われた。
しかし……実はこれは、ぼくが描いたものなのである。原案が「ド下手」でも、プロに直してもらうと、下のようにきれいに出来上がる(図1)。しかし今回のブログはですね、私めが「ド下手」な絵をなぜ(めげずに)描き続けるのかについて書かせていただきます。

ぼくは胸郭(あばら)の形を治すことを専門にしている。「あばら」が変形しているパターンでもっとも多いのは、みぞおちのあたりが凹んでいるタイプで、俗に漏斗胸(ろうときょう)と呼ばれている。これを手術して治すのであるが、ぼくは患者さんが男性か女性かで、手術法を使い分けている。たとえば皮膚を切る際、男では大胸筋のかたちを損なわないように注意しつつ、切る場所を決める。女性の手術をする際には、乳房のかたちを損なわないように注意して位置を決める。
性別に合わせて手術法を変えるのは当たり前のことだとぼくは思う。しかし多くの外科医は性別に関係なく、ほとんど同じ方法で手術を行うのである。
これには理由がある。漏斗胸の手術は、米国の小児外科医たちによって開発されてきた。彼らはほとんどの場合、患者が学童期に手術を行う。小さいうちは、性差による身体的特徴がない。したがって大胸筋や乳房など、性的魅力に影響しうる部位の審美性については、あまり考慮をしないのだ。残念なことに、その姿勢が、わが国にもそのまま伝わってしまった。
ぼくは、これは改めなくてはいけないと、学会で叫び続けている。しかし、ぼくの意見に共鳴してくれる外科医は、とても少ない。それゆえ、せめて患者さんにはわかっていただこうかと思って、医学知識のない人でもわかるようなホームページを作っている(香川大学医学部形成外科・漏斗胸専門サイト「胸のかたち」研究室 )。
視覚情報は、文章に比べてずっとわかりやすい。したがって、漫画を使って手術や治療を説明するのは、とても効率的だ。それで図2のような漫画を、ホームページに載せている。

とはいえ、人様にお見せできるような上手い漫画が、ぼくに描けるはずがない。プロの漫画家さんに謝礼を支払って描いてもらっている。漫画家さんは大変に親切ではあるが、やはり医学については素人だ。だからコマ割りをするのと、ラフ絵を描くのはどうしても自分でやらなくてはいけない。扉の「ど下手」マンガはこうしてできた、漫画家さんに清書していただく前の原案なのだ。
この原案をつくるには、まず、A4判の紙を8つに区切ってコマをつくる。そしてストーリーを考えて、セリフと絵を鉛筆書きする。ストーリーの原案ができても、話の順番を入れ替えたり、新たな内容を追加したくなったりする場合が多い。それなので8つに区切ったコマをハサミで切って、バラバラにする。

この結果、名刺大のカードが何十枚も出来上がる(図3)。これらを並べなおして、ボールペンで原画をなぞり直す。これでようやく、原案が出来上がる(図4)。

この作業をやるのは、とても楽しい。
ぼくの描く絵については「なんか汚い」とか「ド下手」とかの誹りもしばしば受けるが、汚くても描かないよりは良いではないか。
それに言わせていただければ、ぼくは美術の成績は昔から非常に良かった(信じてくれなくてもいいよ)。小学校から高校まで、常に最高評価であった。描いた絵や作った彫刻が、市のコンテストで表彰されたことも何回もある。
漫画を作る際には何十枚も絵を描かなくてはいけない。一コマあたりにかけることのできる時間はせいぜい10分で、だからド下手なだけなのだ。気合を入れて絵を描けば、実は上手なのである(だから、信じてくれなくてもいいよ)。
さらに言えば、プロの漫画家の中にだって、ぼくのようにド下手な漫画家だってけっこういるではないか。俗にいう「ヘタウマ」というやつである。

たとえば昔、谷岡ヤスジという漫画家がいた。「鼻血ブー」のギャグで有名になった。この人の絵はこんな感じ(図5)だが、上手な絵といえるであろうか。
また、東海林さだおという漫画家もいる。この人の絵はこんな感じ(図6)だが、これも、一般的には上手いとは言えないであろう。

それにも拘わらずこれらお二人は、非常に人気がある。一流の漫画家である。ぼくも非常に尊敬している。谷岡ヤスジ先生など、大好きなのである(もうお亡くなりになったけど)。写実性も重要だが、絵の個性とストーリーがより重要なのである。
絵を描くことは、形成外科医としてのトレーニングにもなる。人体をよく観察するからだ。研修をしていた20代のころには、手術の絵を毎日描かされたものだ。そのおかげで絵を描くのが好きになった。その頃はたんなる「いびり」と思っていたのだが、今では良かったと思っている。「厳しい教育にはそれなりの理由がある」ということが、何十年も経ってしみじみわかる。
ここまで読んでくださり、さらに下手な絵を何枚も見て下さり、ありがとうございます。とどめに、ぼくの描いたド下手マンガの、最新号をご紹介します。このストーリーも、ゆくゆくはプロのマンガ家さんにきれいに描き直していただき、ホームページに載せます。しかし今は、「ド下手」バージョンをお楽しみください(描いた本人は「ヘタウマ」と思っているんですけどね)。




