江戸時代じゃねーし

 

これが何かは、読めばわかります

 ぼくは一応、大学の先生なので、学生を教育しなくてはいけない。そこで学生たちにテーマを与えて、レポートを提出するように求めている。ネット上ですぐに検索できるようなテーマを与えては学生のためにならないし、採点するのも面白くない。だから、現場で働いている医者たちにいろいろ訊いて考えないと書けないようなテーマを、工夫して与えている。

 1週間ほど前に、妙な光景に出くわした。ある学生が、中堅どころの医者に対して質問をしている。その前日に行った手術の内容について尋ねているようだった。そのことそのものは、非常にいいことだ。

 だが一つ、問題があった。その学生が、床にひざまずいて指導を受けているのである。

 レストランとか居酒屋に行くと、店員さんが注文を取りくる。その際に、片膝もしくは両膝をついて注文をとる場合がありますよね。その学生も手にメモ帳を持ち、床に両膝をついて、指導教員にいろいろ訊いていた。

 ぼくはその姿を見るなり、学生に対して「そんな姿勢はやめなさい」と言った。

 床にひざまずくという行為は、ぼくには非常に卑屈に見える。自分もやりたくないし、人がやっているのも見たくない。

 15年ほど前になるが、中国でこんな事件があった。

 ある地方都市で、日本人ビジネスマン数人が会食をした。そのとき、注文した料理がなかなか出てこなかった。催促しても「もう少し待ってください」と言うだけで、らちがあかない。かと思うと、注文していない料理が出てくる始末である。中国ではこんなことはよくある(というか日本以外の国ではしょっちゅうあるのではないだろうか)。だからぼくだったら「しょうがないな」くらいに思って、まったく気にしない。

 だが、それらの日本人ビジネスマンは、おそらく赴任したばかりだったのだろう。腹を立てて店の女主人に謝罪を要求した。中国人はこういう場合、まず謝らない。女主人も、料理が遅れて申し訳ない、くらいのことは言ったのだと思うが、日本人のように「大変申し訳ありません」と、深々と頭を下げるようなことはしなかった。

 酔ってもいたのであろう、ビジネスマンたちは、なんとか自分たちの望むやり方で謝罪をさせたいと考えた。そこで一人が後ろから彼女を羽交い絞めにして、無理矢理に膝をつかせた。他の店員が警察に通報したので、ビジネスマンたちは逮捕され、拘留された。当然のことだが、ちょっとした国際問題にもなった。酔いがさめたあと、そのビジネスマンたちは真っ青になったことだろう。

 この事件がどのように決着したのか、詳しいことは知らない。おそらくそのビジネスマンたちは、かなりの額の罰金を払わされたであろう。また、女主人の要求で、彼女に対してひざまずいて謝罪をしたのかもしれない。彼らはまったくもって割の合わないことをやったものだと思う。ともあれこの事件は、「ひざまずく」という行為が、すくなくとも中国においては、非常に屈辱的であるとみなされていることを示す。ぼくもこの価値観を共有している。だから、学生がひざまずいているのが、見るに堪えなかったのである。

 ところが、ぼくが「そういう卑屈な姿勢は良くないと思うよ」とその学生に言っても、彼はきょとんとしている。「なにが問題なのだろう?」という表情をしている。そこでぼくは、(床に)ひざまずくという行為は、外国では卑屈と見られる行為であり、アメリカ人や中国人は絶対にそういうことはしないだろうと説明しなくてはいけなかった。

 ぼくは、どこで彼がそういう「マナー」を学んだのかを尋ねた。すると、居酒屋でアルバイトをやっていた時に、客の注文を取るときにはひざまずきなさい、と店長に言われたそうだ。

 ある所作がどのような意味を持つのかは、その人の属する文化によって異なる。たとえば「3回まわってワンと言いなさい」と言われたら、たいていの人は嫌がると思う。それは、少なくとも日本では、その行為が「自分は犬と同じくらいの知能しかない」と認める行為であるからだ。

 ただ3回ワン」を純粋に現象面のみから見ると、「いい運動」とも言える。3回まわるのは平衡感覚の訓練になるし、「ワン」と発声することはストレス解消にもなる。だから、国が異なれば、ラジオ体操や盆踊りの一つの種目になったとしても、別におかしくはない。

 要するに、所作の意味は、ある文化の中での約束ごとに過ぎないのだ。

 すなわち、ある所作に屈辱を感じるか否かは、本人がその所作にどのような意味を持たせるのかによって決まってくる。

 そして、その学生自身はひざまずくことをなんとも思っていなかった。だとしたら、ひざまずく姿勢が見苦しいと言って注意するのは、ぼくの勝手なエゴなのかもしれない。だから放っておくべきだったのではないのか、そんな風に反省もしてみた。

  しかし、やっぱり言ってよかったように思う。

 ひざまずくことそのものが嫌というよりも、盲目的にそのマナーを受け入れてしまう姿勢に問題があるのではないか。

 彼が過度にへりくだった態度をとらせることで喜ぶ客もいることだろう(ぼくは嫌だが)。そういう客にとっては「サービスの良い店」として評価が高くなるかもしれない。また、「そうしなさい」と指導する側(店長)としては、なんら自分に負担がかからない。だから、経営者の側にとっては都合がよいことだ。

 だが、そういう指導を無条件に受け入れてしまって、それでいいの?と、ぼくとしては思うのである。

 彼は医学部の学生である。このところ陰りがさしてきたものの、医学部はまだまだ人気がある。親や教師の期待のままに勉強し、その結果入学してきた、素直な子が多い。人からこうしろと言われたら、「なんでそうするの」という疑問を持たないで、素直に従うことが習い性になっている。いままではそれでやって行くことができたかもしれない。ただぼくは、これから医者は厳しい時代になってゆくから、もう少し自分で考える癖をつけないと、生きてゆくのが難しくなると思うのである。

 具体的に言おう。最近、医者たちが本業に専念することがどんどん難しくなってきている。ばかげた雑務が容赦なく増えているからだ。

 たとえば役所が突然、こんな通達を出してくる。曰く:医療を行うにあたっては患者さんとのコミュニケーションが大事である。だから年に1回は研修に参加すべし

 コミュニケーションが大切ということについては、ぼくとしてもなんら異論はない。医者がコミュニケーション能力をつけなくてはいけないのは、まったくその通りだ。

 だが、「研修」とやらが東京や大阪で催されると、香川県に住んでいるぼくとしては、1日か2日、仕事を休まなくてはいけないのだ。その間は当然、手術もできないし、外来で患者さんを診察することもできない。だから、患者さんが手術をご希望になっても、1週間お待ちいただかなくてはいけない。また、ある週に外来診察を休んでしまうと、次の週は、大変に混雑する(あたりまえだ)。だから長い時間、患者さんにお待ちいただくことになってしまう。

 患者さんに対するサービスを向上させる目的で「研修」なるものが行われているのに、結局は迷惑をかけることになっている

 医療の現場を知らない役人が考えたアホなシステムがまかり通ってしまうのは、「なんでそんなことするの?」という批判がなされないからである。医者というのは、そういうことに文句を言わない人種なのである。

 こういう傾向に対し、ぼくはかなり不安を抱いている。

 例の学生も、ゆくゆくは医学会の構成員になるわけだ。あんまり素直な奴ばっかり増えてしまうと、ますます医者が世間に物を言わなくなってしまうだろう。そう思ったので、「ひざまずき」が問題である(とぼくが思う)理由を、彼に話した。

 彼は素直に聞いてくれた。ただ、本当にぼくが言いたいことを、わかってもらえたかどうかは心もとない。うるせーオッサンと思われただけの可能性の方が高い。それどころかぼくのことを、ひざまずきの姿勢を指導した店長よりも、ずーっとウザいと思ったかもしれない。

 彼はあえて反論はしなかったが、彼の側とて言いたいことはあったろう。ぼくが「ひざまずきマナー」が良くないと思うのは、中国とか欧米の文化に基づいた意見である。だが、日本は「畳」の文化である。畳の上ではみんな正座をする。「ひざまずく」という行為を屈辱と取らないで、単純に「ていねいに座る」行為と見ることもできる。

 つまり、「ひざまずく」という行為は日本人にとっては心理的な抵抗が小さいのである。

 彼のバイトしていた店以外でも、店員が注文を取る際に「ひざまずく」店をときどき見かける。店員自身が納得して、店側もそれなりの時給を払ってくれるのならば、ぼくが介入することは、それこそ大きなお世話である。

 店としては高級感を出すために、洗練されたサービスを提供したい。客を尊重する態度を示せば、客も気分がよくなる(ぼくは嫌だが)。だから高い値段を付けることができる。ビールの小瓶は1本1000円で、タコの酢の物は2000円。客単価が上がれば、バイトの給料にも反映されるだろう。時給は2000円、ということになるかもしれない。

 「ひざまずき」なしの店だと時給はだいたい1000円くらいのものだろう。そうすると、「おれ、別にひざまずいたって気にしねーし、それより時給が1000円多い方がいいに決まってんじゃん」と考えるアルバイターも多いことだろう。

 こう考えてゆくと、「ひざまずく」という行為にこれほど神経質になるぼくの方が異常かもしれない。生活の糧を得るために、1円でも多くバイト代を稼ぎたい学生たちに対してあれこれ言うことは、憲法22条で保障されている「職業選択の自由」の侵害ではないか?

 そもそも、人さまが普通にやっていることにわざわざ首を突っ込んで行く資格が、果たしてぼくにあるのであろうか?これではまるで、男女同権できーきー言っている東大教授の〇野千鶴子ではないか

 

 そうは言ってもやっぱり、ぼくとしては「床ひざまずき」の姿勢を、見過ごしにはしたくないのである。バイト学生には「職業選択の自由」があるかもしれないが、ぼくにだって、言論の自由が保障されているはずだ(憲法21条)。

 

 では結局、「ひざまずきマナー」について、どう解決をつければよいだろう?

 ぼくなりの妥協案を考えた

 結論は、「ポータブル畳」。

「ポータブル畳」というのは、ぼくがこのたび考案した器具で、25センチ×15センチくらいの畳である(これが、今回の扉絵です)。

 お店でウェイターや仲居さんが注文を取る際には、この畳をまず、床に置く。

そしてその上に膝をつく(下図を参照してください)。

 こうすれば「畳」に座っているのと同じだから、ひざまずいていることにはならない。たとえ同じ姿勢をとるとしても、過度に自分を卑下しているようには映らない。

ポータブル畳の使用法。P.Tは「ポータブル畳」

 畳を地面に置くと不潔になるから、「下駄」のような脚をつけるとさらに良いと思う。つまり鼻緒がなく、かわりに下駄のような「脚」がついた、雪駄のようなものですね。雪駄よりも少し大きいですが。

「ポータブル畳」のアイディアは、「五体投地」からいただいた。

 五体投地というのはラマ教の礼拝の作法である。チベットの人たちがラマ教の寺院を礼拝する際には、仏様に対する絶対的な帰依を表現するために、全身で地面に這いつくばる。この動作を何百回も繰り返すので、なにもしないと掌がすりむけて、血がでる。だから人々は足に靴を履くだけではなくて、手にもサンダルを履くのである。この「手サンダル」からヒントをいただいた。膝をつくのが問題ならば、下になにかひけばいいではないか!

五体投地における「手サンダル」

  

「ポータブル畳」を作成するのはそれほど難しくないはずだ。「ポータブル畳」は「下駄」と「雪駄」のあいの子のような製品だ。「下駄」も「雪駄」もありふれた工芸品だから、それらの作成技術はすでに完成しているだろう。それらを組み合わせれば、簡単に「ポータブル畳」が作成できるだろう。

 これで、日本式サービスと、店員の人権の問題が、同時に解決できるはずだ。なかなかいい発明ではないか!

 コロナの蔓延で、人々は以前ほど外出を控えている。だから履き物業界も、不況にあえいでるに違いない。「ポータブル畳」が業界に活気を呼び戻すかもしれないではないか!

 ぜひ作っていただきたい、「ポータブル畳」。

 ぼくも10個くらい買って、店に配りますよ。と書こうと思ったが、それは無理なことに気が付いた。だって、ぼくが馴染みになっている飲み屋では、バイトにひざまずかせているところなんか、一つもないからね。そんな店、行かないので。

 

 

 

 

 

 

「転校番長」はつらいよ

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気合が大切じゃい!

 

 ぼくの勤務している大学の胸部外科に、この4月から新しく教授が赴任されてきた。

 新任の教授は·、いままではある関東の国立大学に准教授として勤務されていた。肺の手術が上手なので、腕を見込まれて、晴れて香川大学に教授として招聘されたのである。

 たしかに栄転には違いない。

 選考の応募者は10人ほどいたし、そのほとんどがどこかの大学の准教授であった。かなりの名門大学に所属しているものも何人かいた。

 並みいる猛者どもを差し置いて選ばれたことは、名誉なことだ。

 だから彼も、選出されたというニュースを聞いたときは、かなりうれしかったに違いない。ぼくも優秀な同僚が来てくれて、非常にうれしい。

 しかし、自分の母校でない、別の大学にトップとして転勤してくるのは、移ったあとがとてもとても大変なのである。とくに、手術を行う、外科系の診療科のトップになる場合には、かなりのプレッシャーがかかる。

 こう言うと「会社や役所だって、新しい上役が赴任してくるなんてことはしょっちゅうあるじゃないか。それと同じことだろ?」と言う人もいるかもしれない。

 ところが、ある大学の医師が、別の大学の教授になることと、銀行なり会社の内部での栄転で部門を変わることとは、ものすごく違うのである。

 第一に、組織を維持するために、かなりのエネルギーが必要である。

 たとえば銀行のある支店に、新しく支店長が赴任してきたとする。その上役を部下がどんなに気に入らないとしても、面と向かって反抗したり、サボタージュをしたりすることは、まずないであろう。そんなことをすれば、たちまち自分が首になって、路頭に迷うからだ。

 したがって、いくら滅茶苦茶な上役が赴任してきたとしても、その部門そのものが崩壊するようなことは、銀行や会社ではまず起こらない。

 これに対し、大学病院の医者たちは、教授が気に入らなかったら、あっさり辞めてしまうのである。医師免許を持っているので、転職が簡単にできるからだ。むしろ他の病院に移ったり、開業した方が、収入が増えたりする(これは「白い巨塔」をご覧になった厚労省文科省の官僚の方々が、一所懸命に大学病院の予算を削ってくださった結果、待遇が悪くなったおかげである。)それゆえ、会社や銀行と違って、大学病院では経済的な束縛で部下をつなぎとめておくことができないのである。

 さらに、外科医の場合には、個人的な「腕」を示すことが要求される。

 新任の教授が赴任してくると、まわりのだれもがこの人って、なにができるの?という目で見ている。経験を積んだ医師は目が肥えているので、新参者の「腕」がすぐにわかる。若い医師も、自分たちの将来を託すに足りる人物であるか否か、じっと見つめている。

 こういう時、ミスが怖くて平々凡々とした手術ばかりやっていては、リーダーとして認めてもらえない。だからと言って、難手術に挑戦して、もしうまく行かないと、イメージがものすごく傷いてしまう。

 銀行などで新しい支店長が来た場合でも、前の支店長の時と比べて預金額とか融資額を増やすことが求められるだろう。だが、仮に営業成績がぱっとしなくても、すぐに支店長の責任、というふうにはならない。「まだチームワークができていなくて」と言えば、まあそんなものかなと周辺は納得してくれるだろう。

 ところが外科医の場合は違うのである。ダイレクトに責任が問われる。

 外科の手術は、だいたい3-4人で行われる。これら3-4人の役割は同じというわけではなく、重要な手術操作は、かならず(助手でなく)執刀医が行わなくてはいけない。教授というのはその部門のトップだから、必然的に執刀医になる。だから手術の上手い下手が、あっという間に、皆にわかってしまうのである。

 万が一ミスをしたりすると、一緒に手術に入っている医師たちはもとより、麻酔科医や、手術室にいる看護師さんも、すぐにそのことに気がつく。その日のうちに噂が病院中に広まってしまう。「まだチームができていなくて」なんていう言い訳は通らない。「腕が悪い人」というレッテルを貼られてしまうのだ。

 つまり、自分の母校ではない大学に教授として赴任する場合、リーダーとしてふるまい始める前に、はたしてあんたは、俺たちのリーダーたりうるの?」という無言の問いに答えなくてはいけないのである。

 よく西部劇でこんなシーンがある。他所からやってきたガンマンがバーに入ってバーボンを注文する。そのバーには土地の荒くれものたちがたむろしていて、「お前はミルクを飲め」などと言いがかりをつける。ガンマンはコインを打ち抜くとか、からんできた相手をノックダウンとかして、初めて仲間として認められる。

 外科系の教授として別の大学に赴任するのは、これととてもよく似ている。

 そのプレッシャーをくぐり抜けた気持ちは、経験したものでなければ分からない。

 こう言うと「ある大学から別の大学に移るのがそんなに大変ならば、もとからその大学にいる人を教授にすればいいじゃないか」と、みなさま思われるであろう。

 まったくその通り。だから最近では、大多数の教授選考は、そういう結果に終わっている。

 何十年間も同じ組織にいる人が素直に昇進すれば、下の人間は「今度来たボスはどんな人間なんだろう」と不安に思わないですむ。

 上に上がった人間だって、自分がリーダーに値する人間かどうかということを新たに示さなくても済むわけだから、プレッシャーは少ない。

 だから医学部で教授の選考を行う場合、10回に8回くらいは、その大学の卒業生を採用しようとする。ようするに「気心しれた仲間」の中から新しいトップを選ぶわけであるので、組織がまとまりやすいのだ。

 「愛校心」という強力な武器を使えば、組織をまとめ上げるコストが格段に小さくなる。

 難易度の高い手術をやって自分の腕を見せなくたって、「〇〇大学万歳!」と叫んでいれば、何となくみんながついてきてくれる。「君はサッカー部?ぼくもサッカー部だよ」なんていうのも、よく効く。

 だから医学部で教授を選考する場合、他所の大学からどんなに優秀な人間が立候補してきても、選考会議で「この人は手術は上手みたいですけど、ちょっと癖がある人みたいですねー」とか、「やっぱり○○君(内部の候補者)が、今のチームを良くまとめていますからねー」など言いがかりをつけて、門前払いを食らわせる、なんてことは日常茶飯事なのである。

 ところが、内部に適切な年齢の候補者がいなかったり、候補者がいても理事会に嫌われていたりすると、「それでは今回は(特別に)他の大学から教授を連れてきましょう」ということになる。平成のはじめくらいまでは、こうしたケースもよくあったらしい。だが、医学部人気が何十年も続いて、どこの大学でも自前の人材が豊富に育った今では、こうしたケースは非常に少なくなっている。ぼくの実感としては、こういう「ガチンコ」の公募は5回に1回じゃないかと思う。

 このように、同じく医学部の教授になると言っても、母校にずっといる生え抜きの人間が教授になる場合と、他所の大学から(まっとうな公募を経て)教授になる場合とは、まったく性質が違う。

 前者は「学級委員」であり、後者は「番長」なのである

  ある学校に転校生が来た場合を考えると、この喩えはわかりやすいと思う。

 転校してきた生徒が、いきなり学級委員になれるだろうか?

 そういうことは、まず絶対に起こらない。

 学級をまとめるには、その学級にどういう人間がいるかどうかを知ってなくてはいけないが、転校してきたばっかりの人間に、そんなことわかるわけがない。

 人付き合いが良くて、先生からも可愛がられる、成績のそれなりによい人間が選ばれるはずである。母校の出身者から教授を選ぶのは、これと同じである。

 ところが「番長」は、そういう選ばれ方はしない。

 昨日、転校してきたばっかりの人間だって、喧嘩が強ければ、すぐ番長になれるのである。

 その代わりに、もともといる不良グループとタイマンを張って「喧嘩が強い」ことを証明しなくてはいけない。別の大学から来た教授が、手術の腕を皆に示さなくてはいけないのは、それと同じだ。

 ぼくは自分の母校では、上司や先輩とそりが合わなかった。ぼくの生意気で協調性のない性格に多分に原因があるので、恨み言をいうつもりは全くない。ただ不遇だったことは事実であり、だから「転校番長」にならざるを得なかった。

 たまたまぼくは、「あばら」のかたちを治すことに偏執狂的な興味を持っており、それがゆえに、その手術がすごく得意だ。だから、母校を去って香川大学に来ても、なんとかリーダーとして認めてもらうことができた。だが、もしもそうした「得意技」を持っていなくて、通り一遍の手術ばかりやっていたのならば、もともと香川に居た人間たちに、受け入れてもらうことはできなかったと思う。

 形成外科の業界のなかで、ぼくには親しい友人がたくさんいる。類は友を呼ぶとはよく言ったもので、彼らの多くが「転校番長」だ。年回りが悪かったり、上司にかわいがられなかったりと言った理由で、自分の母校を飛び出ざるを得なかった奴らである。それだけに、みんな「喧嘩」の腕は確かだ。顔の骨のかたちを治す手術が特別うまかったり、細い血管やリンパ管をつなぐのがとてもうまかったり、それぞれが得意技を持っている。動物実験の得意な「学級委員」タイプの教授が多い中で、周辺からさしたる援けも得ないで、腕一本で生きて来た「濃い」連中たちだ。

 今週は大阪で学会がある。オンラインで発表ができるようになった現在、別に学会場まで足を運ばなくたって、発表したり、人の発表を聞いたりすることは可能だ。でもやっぱり学会に参加するのは、そんな「転校番長」たちと一緒に飲むと、とても楽しいからなのである。

 

 

 

 

 

 

「すし研修制度」―せとうち寿司シリーズ7

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いまどきは、こんなものかも

 すし職人になるには、修行が必要だ。

 「すし学校」で、すしに関する基本的な知識に関しては教えている。たとえば魚の種類であるとか、包丁の持ち方であるとかいった、本当に初歩的なことだ。

 ところがすしの道は深いので、すし学校で教わった知識だけで一人前になれるわけではない。すし学校を卒業した後も、研修(=修行)が必要になる。

 この研修は前期を後期に分かれている。

 前期の研修は2年間だ。この期間においては、寿司一般の作り方を学ぶべく、いろいろな部門を数か月おきにローテートする。例えば小魚を良く扱っている部門も廻るし、魚の卵を中心に扱う部門も廻る。

 ちなみに、小魚を扱う部門はあまり人気がない。

 小魚のすしに対する需要はどんどん減っているし、かつ値段があまり高くないので、その部門だけ見ると赤字になってしまう場合が多い。また、小魚を扱うのは大きな魚を扱うよりも、手間がかかる。それで、小魚を専門に扱う職人には、成り手が少ない。

 しかしそれだけに、小魚のすしを扱う職人には、しっかり目的意識を持っている奴が多い。少なくともあたしには、そう見える。

 だから若い職人で、「小魚のすしを専門にしたい」という奴がいる場合には、あたしはそいつを応援してかわいがる。あたし自身の専門は違うけどね。

 

 前期の研修が終わると、後期の研修期間に移る。後期の研修は4年間だ。

 前期の研修において習得した基礎的な技術を土台にした上で、専門化された内容に入ってゆくのが、後期の研修だ。

 一口にすしと言っても、奥が深い。イワシを調理するのと、マグロを調理するのでは、包丁の使い方が全く違うのはわかるだろう?大きさが全く違うからね。また、例えばアナゴみたいに煮て食べる食材と、カツオみたいに生で食べる食材とでは、材料の扱い方が違う。

 昭和の昔には魚の種類や調理法に関係なく、「寿司」と名がつきさえすれば、なんでも握るすし職人は沢山いた。ところがやっぱりそういうやり方だと、ハイレベルのすしは握れない。「『なんでも屋さん』はなにもできない(Jack of all trade is master of none.)」っていうことわざがあるよね。すしについても同様で、ある特定の種類に集中して取り組まないと、高い水準には至らない。

 それで、「すし」もだんだんと専門化するようになった。

 兜煮やあら炊きを専門とする「頭部門」もあるし、目玉を専門にする「目玉部門」もある。鯛やカツオなんかの刺身を作る際には、皮をパリッとさせることが大事なので、皮を専門に扱う部門もできた。「皮部門」だね。

 また、すしというものは単純に味が良ければいいってもんじゃない。切り方や色合いを工夫して、美しく作らなくてはいけない。それで「すし美術」なんていう部門も生まれたんだが、なにを隠そうあたしの専門はそれだ。

 こういうふうに、専門化・細分化された特定領域の技術を習得するのが、後期における研修の目的だ。

 

 前期と後期の研修をどこの施設で行うかは、以下のように決められる。

 まずは若い職人たちに、どこの店で研修をやりたいのか希望を出させる。

 ただし彼らの希望がそのまま通るわけではない。受け入れる側のすし店の方だって、むやみに若い職人たちを雇えるわけではない。人件費には限りがあるからね。

 また、たとえば職人が一人でやっているような町中のすし屋が、「うちで若い職人を教育したいんだが」と手を挙げたとしても、すなおに「ではお願いします」と任せるわけにはいかない。その職人が、若い職人に教育を行うだけの腕を持っていない可能性もあるからだ。

 そこで、すし研修機構」という、厚労省の外郭団体が設立された。

 若いすし職人たちに教育を行わんとする店は、まず「すし研修プログラム」を作成する。「すし研究プログラム」の内容は複雑で、細かく説明するとそれだけで今回の話が終わっちまう。だからざっくり説明すると、1年間にその店で握る寿司の内容と、その店で受け入れる職人の人数を記載するんだ。

 たとえばある店で1年間に10000貫のマグロのすしを握るとする。そして、そこで受け入れる見習い職人の数を4人とする。そうするとひとりの見習い職人は、年間で2500貫のマグロのすしを握れますよ、というわけだ。つまり、研修の機会を数量化するわけだね。

 若い職人を教育したい店は、こうした「すし研修プログラム」を「すし研修機構」に提出する。それが承認されれば、その店には晴れて、見習い職人を教育する資格が生じる。こういう店を教育基幹店」という。

 「せとうち寿司」みたいな、「すし学校」に付属する寿司屋は、ほとんどすべてが「教育基幹店」になっている。しかし、すし学校に付属していなくても、それなりに名の通った店であれば、「教育基幹店」になることはできる。たとえば岡山県には、すし学校並みに規模が大きい「倉敷中央すし」というのがある。「倉敷中央すし」では1000人くらいのお客を同時に扱えるキャパがある。だから、この店も「教育基幹店」になっている。

 見習い職人たちは、全国の「教育基幹店」の中から、自分が修行したいと思う店を選んで、研修の申し込みをする。

 ところでこの選択には、はっきりした傾向がある。大都市にある店は人気があって、地方にある店は人気がない、ということだ。

 たとえば、あたしは8年前までは東京にある「四谷寿司」という店で働いていた。そのころには毎年10人くらい、修行したいといって応募してくる職人がいた。ただし実際に雇い入れていたのは6人から8人くらいだった。

 東京にあるまわりの寿司屋を見回しても、やはり同じような感じだったので、「見習い職人というものは、ずいぶんたくさんいるものだな」と思っていた。

 ところが8年ほど前に、せとうち県に赴任して来てから、東京とはずいぶん状況が違うことに、初めて気が付いた。毎年4人か5人くらいは、応募してくる若い職人がいるだろうなと思っていたのだが、実際には2人くらいしかいない。

 最初のうちは自分の教育の仕方に問題があるのかな、と悩んだりした。

 しかし周辺を見回しても、やはり一様に研修希望者が少ない。というより、周りにある他の寿司屋に比べると、せとうち寿司はかなりマシな方なんだ。

 たとえばお隣の県にある「龍馬すし」は、研修希望者が2年か3年に一人しかいない。山陰地方にある「鬼太郎寿司」や「八雲寿司」なんかも、似たような状況だ。

 これらの寿司屋の親方とあたしはよく知った仲なんだが、みんな腕の方は一流だ。

 さらに言えば、あたしと同じように、もともとは東京なり名古屋の大店にいて、そこの店の屋台骨を支えていた職人たちだ。

 だから、もし「寿司を握る技術を身に着ける」ということだけを、純粋に修行の目的にするのならば、「鬼太郎寿司」や「八雲寿司」で修行をしたいという職人は、これほど少ないはずがない。

 さらに言えば、地方にあるすし店で修行をする方が、東京で修行をするよりも、より多くの経験ができる場合が多い

 こう言うと、「東京の方が人口が多いのだから、東京のすし学校で修行する方が、地方のすし学校で修行するよりも、多くの経験ができるんじゃないの?」と思うかもしれないね。

 ところが、実際には逆なんだ。

 たしかに東京の人口は多い。

 しかし、東京にあるすし学校は、人口の割合以上に多い

 現在、東京には13のすし学校がある。これらのすし学校のそれぞれが、それに付属する本店を持っている。本店に加えて、一部のすし学校は「分店」を持っている。たとえば天命堂すし学校の本店は文京区にあるんだが、ディズニーランドの近くにも分店を持っている。

 また、「すし学校」とは分類されていないけれども、高い水準の寿司を提供している施設がいくつかある。こういう店は「すしセンター」と称されている。築地や新宿のすしセンターは特に有名だ。こういう、すし学校の本店・分店や、すしセンターを足し合わせてみると、東京には「教育基幹店」が40店ある。

 東京の人口はだいたい1300万人だ。だから、一つの教育基幹店あたりの人口は、単純計算で30万人を少し超えるくらいにすぎない。

 これに対して例えば、砂丘県の人口は57万人しかいない。しかし、「基幹店」は鬼太郎寿司の一つだけだ。だからこの件では、県民が高級な鮨を食いたくなると、みんな鬼太郎寿司に集まってくる。ゆえに、「教育基幹店」一つあたりが担当するお客の数は、砂丘県の方が、東京よりも多い

 こういう理由で、地方都市にある「教育基幹店」の職人たちの方が、東京の普通の「教育基幹店」で働いている職人よりも、忙しいんだ。

 よく会社員が東京の本社から地方の支店に転勤を命じられたりすると、「閑職にまわされた」とかいうよね。

 「左遷」というのはまあ解るにしても、「閑職」というのがどうしてもあたしにはピンとこない。サラリーマンの世界では地方にくると仕事が閑になるかもしれないけど、すし職人の世界ではむしろ、忙しくなるからだ。

 こういうふうに、サラリーマンの世界とは逆で、すし業界においては、地方勤務ほど忙しいという逆閑職現象」が存在する。

 この「逆閑職現象」を、あたしは骨身に染みて知っている。

 あたしは8年ほど前までは、東京にある「四谷寿司」という店に勤めていた。

 せとうち県に勤め始めてからずいぶんと忙しくなったので、いったいどのくらい多く働いているのかと思って、1年に握る寿司の数を数えたことがある。

 そうすると、東京にいるころに比べると、1.6倍くらいの数のすしを握っていることがわかった。

 いままで話したのはあたしのようなベテランの職人の状況なんだが、見習い職人の修行ついて言えば、「逆閑職現象」はさらに増幅される

 せとうち寿司ではだいたい、毎年2人の見習い職人を受け入れている。ところが、四谷寿司には、毎年6~8人くらいの職人が入職する。

 店全体の仕事量がすこし少ないのに、3倍ないし4倍の見習い職人を受け入れるわけだから、1人当たりの見習い職人が修行できる機会は、ぐっと少なくなる。

 こういうわけで、東京の普通の「教育基幹店」で修行するよりも、地方の「教育基幹店」で修行する方が、ずっと実力がつくんだ。

 ただ、これはあくまでも一般的な話であって、もちろん例外もある。

 東京や大阪には、特殊な領域を売り物にしている店もある。

 たとえば「築地すしセンター」は、魚の組織の中にある血管の位置を考えて、なるべくきれいに切る刺身の切り方を研究したりしている。それでお客の数も非常に多く、したがって職人たちの腕が良い。

 また世田谷にある、「子育て寿司」は、小魚を調理する技術においては、他の追随を許さない。

 新宿にある「国際寿司センター」なんかも、魚のリンパ管の位置に着目して、水っぽくない寿司をつくる方法を開発していて、海外からもお客が来ると聞いている。

 こういう店はいつも「大入り満員」であるので、見習い職人たちもそこで修行をすると、かなりの実力がつくだろう。

 ただ、東京の「教育基幹店」のうち、こういう優良店は3割くらいに過ぎない。

 かれらのように特徴を打ち出した店にお客さんは集中するから、普通の「教育基幹店」の仕事はより少なくなる。

 そういうわけで、東京や大阪にある7割くらいの「基幹店」は、職人一人当たりの仕事量で言えば、地方の平均的な「基幹店」には及ばない。

 これは世間一般の認識とは違うかもしれない。でも、東京で20年、せとうち県で8年と、二つの「すし学校」で働いたあたしが言うのだから、間違いない

 

 であるのに、地方にあるすし学校を卒業したあと、東京に移って修行をする見習い職人は、非常に多い。というより半数以上の学生は、その道を選ぶ。

 あたし自身が卒業した、「四谷すし学校」について言えば、卒業した人間の大部分は母校で修行をする。

 だからあたしも、東京にいた頃には、他の学校もおそらくそうだろうなと思っていた。たまに地方のすし学校を出て上京してくる奴を見ても、彼らはおそらく例外なんだろうな、と思っていた。

 つまるところ、東京にいる頃には、マンパワーの問題に関心がなかったんだね。

 ところが「せとうち寿司学校」に来ては、卒業生が母校を離れることが、大きな問題だということに気が付いた。。

 さっき言ったように、東京にいたころに比べると、鮨を1.6倍くらい握らなくてはいけなくなったからだ。

 もう少し若い職人が増えてくれれば、ベテランの職人の負担が減るはずだ。

 それで、学生たちの勧誘に力を入れ始めた。せとうち寿司学校の学生たちに、「卒業したら、せとうち寿司で修行をしないかね」と呼びかけたんだ。

 3~4年くらい、努力してみた。

 ところが、7割方の学生についていえば、努力して勧誘してもあまり意味がない、ということに気が付いた。

 それはなぜかというと、彼らにとっては、修行先を決める基準が「実力がつくかどうか」ではないからだ。

 

 かれらは、楽しく生きられるか否か」で、修行先を選ぶ。

 すし学校を卒業するのは24歳だ。そのあと一人前の職人になるには10年くらいかかる。この期間は、人生の中でも最も楽しい時期なんじゃなんだろうか。恋愛・結婚の適齢期とも見事に一致する。

 刺激を求めるならば、出逢いを求めるならば、東京の方が地方よりも有利だ。

 だから多くの見習い職人は、東京に行くんだね。

 こういう若者たちに対して、地方のしっかりした店で修行する方が、東京の普通の店で修行するよりも実力がつきますよ、なんて言ったって効果はない。だって、もともとの物差しが違うのだから。

 このことに気が付いてから、あたしは学生を口説くのが空しくなってしまった。

 また、あたし自身の人生観も変わってきた

 たしかに今の、せとうち寿司における生活は、東京の四谷寿司にいた時よりも、ずっと忙しい。

 しかし、忙しいゆえに、技術が向上していることも事実だ。

 自画自賛になるが、自分のすしを握る腕は、東京にいた頃よりも上がっているな、とあたしは肌で感じる。

 「四谷寿司」にいた頃には、忙しくて昼飯を食えないなんて日は、週に1日もなかった。ところが今は、週に3日くらいはそういう日がある。

 単純に、多く働くから腕も向上したわけだ。

 ベテランになったって、自分の腕が上がってゆくのは嬉しい。

 だから、別に若い職人たちに理解してもらえなくたって結構、あたしはあたしで「すし道」を究めよう、そういう気持ちになってきた。

 そうすると不思議なもので、かえって学生たちに人気が出たりするんだね。

 今では、「せとうち寿司」で修行をしたいと言ってやって来てくれる若手も、昔より増えている。

 でも、新弟子をとるのは、年に2人くらいがちょうど良いと思うようになった。あんまりたくさん来てもらったって、まともな教育はできない。

 ついこの間、忙しくて夜中の12時くらいまで寿司を握らなくちゃいけない日があった。

 休みの前日だったので、若い職人に「デートやなんかがあるだろうから、早く帰んなさい」と言っても、みんなあたしに付き合って最後まで仕事を手伝ってくれた。

 四谷寿司で働いていた頃はこういう時、「自分の担当ではないですから」と言って早々に帰ってしまう若者が多かった。

 それを思うと、やっぱり「せとうち寿司」を選んで修行に来てくれる職人たちが、いじらしく思える。きちんと育てなきゃな、と思う。

  多くの見習い職人たちが、刺激や出会いを求めて東京に行きたがる傾向は、これからもずっと変わらないだろう。

 でも長い目で見ると、どっちが幸せかな?10年、15年先が楽しみだ。

 また、本当に「すし道」を究めたくて東京に行き、毎日、真剣に修行をしている若い職人がいるってことも一面における事実だ。少数派ではあるが。

 結局、伸びる奴はどこへ言ったって伸びるし、駄目な奴は駄目ってことなのかもしれない。時代が結果を出すだろう。

 そんなことを考えながらあたしは、”Let It Be”を聴きつつ、グラスを傾けるのである。

 

 

 

すし職人たちの将来―せとうち寿司シリーズ6

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今後いったい、どうなるのか

 わが国においては)、すしを握る国家資格を取得しないと、職人として働くことはできない(「初めてこのブログを読まれる方々は(https://nagasao.hatenablog.com/entry/2021/05/27/215956)をご参照ください」。

 つまり、だれもが寿司業界に参入できるわけではない。

 国によって守られた体制の中にあって、すし職人たちの収入は、世間一般に比べると、かなり良いものになっている。

 あたしみたいな雇われ職人だって、国民平均の1.5倍から2倍くらいの収入をいただいているし、自分で店をもっている職人は、さらにその倍ぐらいの収入を得ている。

 職種別の平均給与でいうと寿司職人は、パイロットなんかに次いで、ベスト5には入っている。それゆえ、すし職人は人気の高い職業の一つになっている。少なくともいまのところは。

 ただ世の中、すべてのものは変わりゆく

 だから多くのすし職人は、現在の厚遇を享受しつつも、果たしてそれがいつまで続くであろうかと、ときどき不安になる。

 そこですし職人が集まると「今後のすし業界のゆくえ」がよく話題になる。

 よく比較されるのは、法曹業界だ。

 弁護士や裁判官になるためには、司法試験に合格しなくてはいけない。

 国家試験に合格しないと就業できない構造が、寿司業界とよく似ている。

 20世紀の末くらいまでは、司法試験はものすごく難しかった。

 あたしの高校時代の友人で、弁護士になった男がいる。彼はものすごく頭の良い奴だ。

 その彼ですら、司法試験を受験している頃は、ハンスト中のマハトマ・ガンジーよろしくがりがりにやつれ果てたくらいだ。

 試験が難しかったのは単純に合格者が少なかったからで、1年に500人くらいしか合格者がいなかった。

 そのためアメリカやヨーロッパに比べると、人口当たりの弁護士の数がかなり少なかった。それらの国々とビジネスを進めるためには、弁護士の割合も近づけなきゃいけないと、政府は考えた。

 そこで21世紀に入ったころから合格者の数を徐々に増やした。今(2022年)では毎年1500人くらい合格者がいる。昔に比べると3倍だ。

 業界で働く人間が3倍になるわけだから、自然に競争は激しくなる。弁護士の先生がたの収入も昔よりは少なくなっていて、なかなか大変らしい。

 昔は法曹資格を持ってさえいれば、かなりの高収入が約束されていた。

 でも今では、資格を持っていても食っていけない先生もいるらしい。

 すし職人たちは、自分たちの業界でも同じことが起きるんじゃないか、と心配している。

 現在のところ、すし職人たちの収入は、それなりによい。

 でも日本の人口は次第に減っているから、すしに対する需要も減るかもしれない。その一方で、すし職人の数は少しずつ増えている。

 加えて、人工知能の脅威もある。すしを作る機械やロボットが開発されたのならば、それらの機械に、とって変わられる可能性がある。

 だからすし職人全般の収入も、今後は下がってくるのではないか、というわけだ。

 これに対しては、喧々諤々の意見がある。

 今と同様に、良い状態が続くという意見と、いやいや今までの待遇が良すぎたのであって、今後は弁護士の先生がたと同じように、だんだんとよろしくない待遇になってゆくのではないか、という意見だ。

 あたしも一応はすし業界の人間であるから、こうした討論にそれなりの関心はある。もっとも自分自身はもう50も超えてしまっているから、すし業界の先行きが暗くなったって、別に怖くはない。いざとなれば野垂れ死にする覚悟は、とっくにできている

 また、30年以上も真剣に修行をしてきたので、いかにすし業界が変化したって、とりあえず食っていけるだけの技は身に着けた、という自信もある。

 ただ、いくらオッサンである自分が野垂れ死にする覚悟ができていたって、若い人間を巻き添えにしちゃいけない。

 こんなあたしでも、ついてきてくれる弟子が何人かいる。

 自分が野垂れ死にしたとしたって、弟子たちは何十年も生きて行かなくてはいけない。

 だから少しでも将来性のある方向に、弟子たちを導かなくてはいけない。

 そのためには、今後の業界の方向性について、冷静な評価をしなくてはいけない。

 後述するが、あたし自身の、すし業界に対する見通しはだいたい定まっている。

 しかし、できるだけ正確に未来を予測するためには、いろいろな角度から状況を見極めなくてはいけない。

 そこで「今後、すし業界はどのようになるか」ということに関する、他のすし職人たちの意見について、絶えずアンテナを張っている。

 すし職人たちの意見を聞いてみると、見事なまでに二分している。

 今までと同じように良い時代が続いてゆくと考える職人と、いやいや今後はIT技術も進歩するのだから、すし職人の仕事も奪われるんじゃないか、と考える職人がいる。

 どのような意見を持つかは本人の自由だ。

 ただ、なぜその意見を持つに至ったのか、思考のプロセスについては、よく考えるべきだとあたしは思っている。

 楽観論者(すし業界の待遇の良さが、今後も続いていくと信じている職人たち)に、なぜそう考えるのかを訊いてみると、だいたい3つの回答がかえってくる

 一つ目は、「すし職人があふれるという話は、何十年も昔からあった、ところが、いまだその事態には至っていないではないか」という答えだ。この考えを、「昔から論」としようか。

 二つ目は、「機械やAIで寿司が握れるというけれども、やはり人間の握った寿司のような温かみを欠くだろう」という答えだ。この考えを、「手作り論」としよう。

 三つめは、「業界が政治的に働きかけるから、職人たちの給与は下がることはないはずだ」という考えだ。この考えを「政治圧力論」としよう。

 三つ目については少し説明が必要だ。わが国には、すし職人たちで構成される「日本すし職人会」という団体が存在する。この団体は、あたしのようなサラリーマン職人ではなくて、自分で店を持っている職人が、主たるメンバーになっている。この団体の主たる目的は、すし店主たちの権益を守ることだ。「日本すし職人会」はかなりの組織力を持っている。それで、すし店主たちの収入が減りそうな政策ができそうになると、政治運動を起こして反対する。すし店主たちの経済的な待遇が良い一つの理由は、今まで税制上の優遇を受けていたからだ。そういう優遇措置が取られてきたのは「日本すし職人会」の努力の賜物(?)といえる。今後も、もしも時代の流れですし職人たちの待遇が悪くなりそうになったとしても、「日本すし職人会」が頑張ってくれるだろうというのが、「政治圧力論」だ。

 あたし自身もすし職のはしくれであるから、すし職人の未来に関しては楽観的に考えたいのはやまやまだ。

 だけどあたしは、これら三つの説は、どれも根拠がおかしいと思う。しかも非常におかしい

 まず「昔から論」について考えようか。この説の本質は「いままで起こらなかったことは、今後も起こりようがない」ということだよね。

 こんな考えがおかしいことは小学生だってわかりそうなもんだ

 反例はいくらでもある。たとえば今、世間を停滞させている新型肺炎だ。

 パンデミックは2019年から始まった。

 もしも2017年に、「いつか世界規模の感染症の蔓延があって、経済成長に甚大な影響を及ぼすだろう」なんて予測した人間がいたとしたらだね、おそらくその人間はキチガイ扱いされたと思うね。「パンデミックが起きたのは、1920年スペイン風邪で最後。そのあと、パンデミックは起きていない」なんて言われたことだろう。

 福島原発の事故だって同じことだ。それ以前に警鐘を鳴らす人間がいたとしても、「いままでに大規模な事故は起こっていないから」といって、だれも相手にしてくれなかったんじゃないかな。

 「いままで俺は死ななかったんだから、死ぬわけがない」という論理がおかしいのは誰だってわかるだろう。すべての人間は、いつかは死ぬ。

 こういうふうにだね。「今まで起こらなかったから、これからも起こらない」という論理は、そもそもが破綻している

 続いて「手作り論」に移ろうか。機械で握ったよりも、職人が握った寿司の方がうまいのは確かな事実だ。これについては、あたしもまったく異論はない。

 そもそも人が鮨を食いに行く目的は、単純に、食品としての鮨を口で味わう事だけを目的にしているわけではない。職人や仲居のサービスや、カウンターに座る雰囲気を味わいたいから、わざわざ寿司屋に行くんだよな。

 だから、職人が寿司を握るシステムが消滅することは、絶対にないだろう。

 しかし、だからと言って安心するのは早い

 「機械で握る鮨よりも、職人の握った鮨の方が美味い」ことと、「鮨である以上、職人が握らなくてはいけない」こととは、まったく別の問題だ

 職人の腕はまさに千差万別だ。

 機械よりずっとうまく寿司を握る職人がいる一方で、機械と同等か、それ以下の水準の鮨しか握れない職人もいる。

 とくに、すし学校を卒業した後、さしたる修行もしないで自分の店を早々に持ってしまった職人なんかは、機械に勝てる鮨は握れない。

 いままでは、国家資格をもった職人でなければ、鮨を握ることは許されなかった。つまり「鮨である以上、職人が握らなくてはいけない」ということが、国家によって保証されていたんだね。

 だけど人工知能や機械は、どんどん精度を上げて来ている。

 機械の握った鮨に勝てない職人の割合は、増えてくるだろう。

 そうすると国としても、機械の握った鮨を認めるようになるはずだ。

 こういうことを言うと、「それじゃ職人たちの生活はどうなる!」と気色ばむ奴が必ずいる。そういう人間たちが持ち出すのが、3番目の「政治的圧力論」だ。

 つまり、機械に寿司を握らせるのを認めると、多くの職人が仕事を失うだろう、そういう蛮行を「日本すし職人会」は認めるわけにはいかない。だから政治家や役所に働きかけて、そういう動きをつぶすだろう、というわけ。

 あたしは、こういう考え方は、かなり的外れだと思う。すし職人たちは「すし保険」のおかげで、その職域が守られて来た。なにしろライセンスがないと、鮨を握れないんだからね。人間は恵まれた環境の中にいると、危機感を認識できなくなる。それで「平和ボケ」なり「繫栄ボケ」が起こって来るんだが、この「政治的圧力論」なんかは、その典型だと思うな。

 この考え方がなぜ的外れかと言うと、すし職人の側からのみ物事を見ているからだ。

 政策を決めるのは国民全体だ。現在、わが国には33万人のすし職人がいるが、これは国民400人当たり一人にすぎない。つまり、すし職人たちは圧倒的少数派に過ぎない

 いままでは国民全体が、「まあ鮨は日本の文化として大切だから」となんとなく思っていて、すし職人たちが分不相応に多い収入を得ていたって、大目に見てくれていた。

 だけど日本と言う国の台所が借金まみれになって来て、多くの人間が仕事を失う、もしくは低賃金で働かなきゃいけないようになってくると、「なんですし職人たちだけ、優遇されるんだ」という声が、必ず強くなってくるはずだ。そうした声が強くなってきたら、400人に1人しかいないすし職人たちがいくら団結したって、かなうもんじゃない。

 そもそも、すし職人たちが現在のように優遇されるに至ったのは、すし保険と言うものを作った方が国民全体の幸福につながるであろうという判断によるものだ。

 べつに、すし職人を豊かにしようと思ってそういう制度が出来た訳じゃない

 こういうふうにだね、「すし業界は安泰」とうそぶく人間たちの持ち出す論理は、どれも、かなりおかしい。

 わが国の経済状況とか人口構成を勘案して客観的に判断するとだね、すし業界全体の先行きは明るくない、と言うのがあたしの意見だ。

 でも誤解しないで欲しいんだが、すべてのすし職人の将来が暗い、と言ってるわけではないんだ。

 すし業界全体としては右肩下がりに落ち込んでゆくだろう。

 ただ、それは「すし職人だから一生安泰」と考えるタイプの人間が淘汰されるだけであって、自分でプロジェクトを考えて進めてゆく人間は、むしろ先行き明るいと思うな。

 たとえば戦争に負けた時だって、財産を失った奴もいる反面、新しく商売を起こした人間もいるだろう。そういう時代になるだろう、と言っているんだ。

 くわしくはまた次に説明する。今回はここまで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イエス様「ちゃぶ台」事件

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一徹・イエス様共同作業

 半世紀も生きてきたので世の中のことはだいたいわかっているつもりであったのだが、自分の無知さに打ちのめされている今日この頃である。

ちゃぶ台返し」の件である。

 ことの発端はぼくが実際に、パンを食べながら学校へ急いでいる高校生を目撃したことにある。

「パン食い少女」は日本の定番ギャグである。寝坊した女子がパンを咥えて学校にゆく際に、偶然のきっかけからイケメンと知り合ってしまって恋に落ちる、という展開をたどる。

 この出会いパターンは非常によくできている。恋愛を構成する要素である、「突然性」「意外性」「偶然性」という3要素が、全て満たされている。

 これら3要素は「ロミオとジュリエット」とか「タイタニック」とか、タイトルを聞くだけで(ぼくのようなオッサンにとっては)「うえー」と言いたくなるような、他国のベタな恋愛物語にも共通している。

 人間に人種の差はあっても思考の回路にさほど差はない。だから、恋愛の始まり方にそれほど違いがあろうはずもない。

 しかし、本質的な構成が共通するからこそ、おのおのの文化・生活習慣に特有な背景というものが浮かび上がってくるのではないか。

 たとえば、モンゴルにおいては「パン食い少女」の話はそれほど受けないであろう。パンを咥えて学校に行くなどという事態そのものが存在しないからだ。

 「パン食い少女」モンゴル編を(ぼくの勝手な偏見に基づいて)あえて創作させていただくと、次のようになる。

 ある少女が馬に乗って学校に行っている。いつものように今日の朝も、彼女は羊たちを柵から出して草場に連れて行った。

 その時、一部の羊たちが小競り合いを始めたために手間取って、30分ほど無駄に費やしてしまった。そこで急いで学校に向かっているのだが、なぜか本日は愛馬の調子が悪い。鞭をくれても、いつものように飛ぶがごとく草原を奔ってくれない。

 いらいらしているうちに後ろから声がかかる「お嬢さん、駄目だな。馬の気持ちってものがわかってない。」見ると駿馬に乗ったイケメンが一人。イケメンは自分の馬を降りると、少女の乗っている馬に近寄り、足を観察。なんと、蹄鉄の釘が少しずれているではないか!

 イケメンは常に携帯している小槌で蹄鉄を直す。

 「これで大丈夫。でも俺の馬の方が早いから、送ってやるよ!」

 2人は風のように草原を疾走し、恋愛の始まり始まり。

  書いているうちにアホらしくなってきたのでここらでやめておく(だいたい、何世紀の話やねん!)が、言いたいことは何となく伝わったであろうか。

 ラブストーリーが始まるパターンなんて、だいたいどこの国でもそう変わりはない。

 基本的な部分が変わらないからこそ、それを構成する「状況」が意味を持ってくる。

 このことから発展して「ギャグに反映される、文化の固有性」という問題に足を踏み込んでしまい、「ちゃぶ台返し」に行き当たった。

 ぼくが「ちゃぶ台」に目を付けたのは、「ちゃぶ台」というものが日本独自のものだと思ったからだ。

 伝統的な日本家屋は狭いので(「ウサギ小屋」と揶揄されて問題になったほどだ)、テーブルを常設することはできない。食事をする場所はダイニングルームでもあり、今でもあり、時により寝室であることすら要求される。ゆえに携帯式のテーブルが重宝する。アメリカの家屋と対比して考えるとよくわかる。アメリカの家屋は日本に比べて大きいので、部屋数も多く、一つ一つの部屋も大きい。だからテーブルを携帯式のものにする発想はないであろう。

 さらに、日本家屋は畳を基調とするので、出し入れをしてもテーブルが土や埃によって汚染されにくい。このことは、たとえば中世フランスの家屋(農家)を考えるとわかりやすい。彼らは土の上で暮らしていた。家屋そのものは大きくはないので、本来ならば携帯用のテーブルを使用するのが便利ではあったはずだ。

 しかし、中世フランスにおいて「ちゃぶ台」のごとき携帯用のテーブルを使用したことがあるとは聞いたことがない。原因はいろいろあるが、衛生上の問題もその一つだろうと思う。テーブルを片付けて土の上に置いた場合、テーブルの一端が土に付着する。土の上には無数の微生物がいる。それがテーブルの上に付着すると、テーブルの上に置いた食物・食器・水差しなどを経由して、微生物が人の口に入る可能性がある。それで、携帯テーブルが出現しなかったのではないであろうか。

 「家屋が狭い」「衛生的にテーブルの収納ができる」という点において、日本人の生活習慣と「ちゃぶ台」との相性は非常に良い。考えて見ると旅館の宴会によく出てくる「お膳」も、携帯用テーブルの一種だ。

 こういう理由で、「ちゃぶ台」は日本独自の文化であり、したがって「ちゃぶ台返し」も日本独特のパーフォーマンスであろうと、ぼくは推察したのである。

 しかし、甘かった

 ぼくのブログを読んだある友人が、ちゃぶ台返しのシーンを集めた動画をご紹介してくださったのだ (https://www.gizmodo.jp/2014/06/post_14730.html)。  

 その動画の中では、チームメイトにイラついた野球選手や、仕事がうまく行かない会社員や、研究に行きづまった学者がテーブルをひっくり返すシーンが出て来る。

 あまつさえ、こうした行為に“table flipping”という一般名称すらつけられている

 いろいろな人がテーブルをひっくり返すシーンを見て、ぼくは「ちゃぶ台返し」が日本独特の文化(?)であるという考えを改めざるを得なかった。

 すこし残念な気持ちになったのだが、ご紹介くださった動画を見て、もっと別の事にぶったまげた。

 かの有名なイエス・キリスト様が、テーブルをひっくり返すシーンが出てくるのである。

 しかも、他のテーブル・フリッパーたちは一つか、せいぜい二つのテーブルをひっくり返すだけなのに、イエス様は続けさまに10個くらいテーブルをひっくり返しているのである。

 この動画を見てぼくは、「エスを題材にしたギャグ映画なのであろう」と思った。

 そこで、しばらくしてアメリカ人の友人とたまたま会ったときに、この動画の事にふれてみた。

「イエスを題材にしてギャグ映画なんか作っちゃっていいのかね?アメリカだと、宗教にうるさい人もいるんじゃないの?」と、ぼくは訊いた。

 彼の返答は、ぼくを非常に驚かせた。

 イエスによるこの「ちゃぶ台返し」は、彼の言行のひとつとして、聖書にはっきりと記載されているのだそうだ。マグダラのマリアが自分の髪でイエスの足を拭いた話とか、イエスが石打の刑から女性を救った話などと同列に、聖蹟の一つとしてとらえられているそうなのである。

 ぼくは仏教徒なのであるが、キリスト教についても少なからぬ関心がある。聖書も読み物として面白いので、ぱらぱらと「めくり読み」をしたことも何回かあった。

 しかし、イエス様が大々的に「ちゃぶ台返し」をなさったことなんてチットモ知らなかった。

 そこで、この件を「イエス様ちゃぶ台事件」と勝手に命名し、その詳細について調べてみた。

 

 「イエス様ちゃぶ台事件」は、英語では”Cleansing of the Temple”と言う。「神殿の浄化」というわけだ。

 事件はエルサレムの神殿で起こった。神殿の庭では出店が出ていて、商人たちが商売をしていた。神殿には多くの人が集まるから、そこで商売をするのはごく自然なことだ。羊や鳩を売るものもいるし、野菜や果物を売るものもいる。両替商もたくさんいる。エルサレムは国際都市である。だからローマやギリシャから交易にやってくる商人も多い。彼らが商売を行うためには、現地通貨を手に入れなくてはいけない。だから両替商が発生するのは当然なことだ。

 ところがイエス様はこれにカチンと来たのである。「私の父の聖なる庭で商売をするな!」と叫びつつ、手近にあった縄を振り回した。商人たちがそれに怯むと、台の上のさまざまな商品をはたき落とし、台をひっくり返した。

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エス様、ぶち切れ

 イエス様そういう狼藉に出た直接の原因は、聖なる場所のはずである神殿で、俗世間の象徴である金銭を得る行為に腹をたてたことらしい。その気持ちはわかる。

 しかし、「なんでいきなり『ちゃぶ台返し』するの?」と思いませんか?

 考えて見ると不思議な話だ。エス様はカンニングの竹山氏のような「切れキャラ」ではない。磔にあっても、自分をそんな目に合わせた人々のために「神よ、あわれな人々を許したまえ」というほど心の大きな人間である。なぜこんな切れ方をしたのであろうか?わからない。

 ともあれ、ぼくはエス様はもう少し穏便にやるべきだったと思いますね。

 だって、その当時の人達の立場から考えて見てほしい。

 仮に「エルサレムテレビ局」があったとして、事件をニュースで報道するとだ。

 「本日、神殿で20代の男性が暴れまわる事件が起こりました。神殿の庭は鳩や果物を売る人や、両替をする方々で賑わっていましたが、男性は台の上の商品をはたき落としたり、台をひっくり返すなどの行為を行い、周辺を騒然とさせました。エルサレム警察の取り調べによると男性は、『神殿は礼拝をする場所だから、商売をするのはおかしいと思った』と話しているとのことです」となる。

 イエス様ほどの方になると、ご自分が将来、世界で屈指の宗教の教祖となることぐらい予想できたのではないか。だったらこういう狼藉が、信者たちをのちのち困らせることくらい、考えるべきじゃないか?

 どういうふうに後世の信者たちが困っているか、調べたので報告する。

 たとえば、「エス様の振り回した縄が、人に当たったか否か」ということ一つが、神学的論議の重要なテーマになったりしているのである。

 つまりこういうことだ。イエス様の振り回した縄がもしも人に当たっていたとすると、イエス様は人に対して暴力をふるったことになる。

 こう解釈すると、キリスト教の信徒たちが、自身の暴力を肯定する口実になりうるのである。

 ひとつ例を挙げる。ミシェル・セルヴェという16世紀の神学者は、三位一体説を否定して火刑に処せられている。この処罰を正当化するために、教会の権力者たちは、table cleansingを引き合いに出している。「イエス様ですら神聖なる創造主をお守りするために、あえて暴力をふるった。だから私の行為も許されるはずだ」というわけだ。

 十字軍なども回教徒をずいぶんひどい目に合わせたが、やはりそれを正当化するためにイエス様の「ちゃぶ台返し」を引き合いに出している(興味ある人は「聖ベルナルドゥス」でググってみてください)。

 イエス様のように影響力の大きな人間がなにか事件を起こすと、かくのごとき波紋を巻き起こすのである。

  同じく「ちゃぶ台ひっくり返し仲間」である星一徹が、のちのち教祖になったと想像して欲しい。

 ほぼ全ての宗教は祭事を伴う。

 キリスト教にはクリスマスや復活祭があるし、ユダヤ教には「過ぎ越しの祭り」がある。イスラム教には断食月があるし、仏教にも甘茶祭りがある。

 「一徹教」ができたとすると、「ちゃぶ台返し」は祭事の一つになるに違いない

 そうすると、ちゃぶ台の上に乗っていたのが、ご飯だけだったなのか、汁物も乗っていたのかで、準備と後片付けの手間がずいぶんと異なるだろう。

 かくのごとく、影響力の大きな人間は、その場の衝動なんかで軽率に動いてはいけないのである。

 ではイエス様はどうすればよかったか。

 まずは、商人たちに警告するべきだ。「神殿は礼拝の場所なのであって、商売をするところではありません。商品をしまって速やかに撤去しなさい。」

 とアナウンスすべきだったのではないか。

 とは言っても商人たちも生活がかかっているので、簡単に店を撤去したりはしないであろう。

 その場合にはだ。信者を連れてきて協力を仰げばよい。

 イエス様の別の聖蹟として、5つのパンと2匹の魚を5000人以上で分けた話がある。

こちらの方は、ちゃぶ台返し事件よりも、ずっとよく知られている。

 5000人も付き従う人間がいるのだから、そのうちの100人くらいを動員することはできたのではないか。彼らに分担して、商人たちの屋台を神殿の外に移し出せば良かったのではないだろうか。

 日本の引っ越し屋さんは優秀で、まったく片づけをしておかなくても、ありのままの状態で荷物を運んでくれる。

 ぼくの友人が、ある業者に依頼して引っ越しをしたところ、台所にあるネギをそのまま台所にもってきてくれたそうだ。

 かくのごとくですね、日本の引っ越し屋さんのような丁寧さを持って、商人たちの店を運び出せばよかったのではないかと思いますね。ぼくは。(今回のイラストは、そういうイメージで描かせていただきました。)

 そのためにはやっぱり、手で運ぶのでは少し難しいですね。

 だから、荷車なんかを用意する必要がありますね。これはできれば購入した方がよいでしょう。

 「ただ一回、商人たちの店を移設するだけなのに、荷車なんか購入する必要はない」という意見もあるでしょうね。

 でも大丈夫、"Table Cleasing (神殿の浄化)"に使用した後、購入した荷車はずっと、何百年にもわたって使える筈なのです。

 いったい、荷車をなんにつかうのか?

 それは、弟子のペテロがのちのちサンタクロースになった時に、プレゼントを運ぶのに使えるからですよ。

 サンタクロースは橇(そり)にのっていますがね、雪の多い地域は良いにしても、フィリピンだとかブラジルのような熱帯や亜熱帯にもキリスト教徒は沢山いますし、彼らの子供たちにプレゼントを配るんだったら、橇よりも荷車の方が便利に決まってます。

 そういう地域でプレゼントを配るのに、荷車を使えば良いのです。

 とオチの着いたところで、今回は終了。

 

 

 

 

 

 

日中希ギャグ国際研究—「ちゃぶ台返し」は笑えるか?

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ギャグのとらえ方は、国によりけり

 ことの発端は、ぼくがある朝、自転車に乗りつつパンを食べている少女を目撃したことだった。

 少女はおそらく高校生で、寝坊をしたために食事をする時間がないまま、慌てて学校に行っていたのだろう。

 その少女を見てぼくは、漫画だとかドラマでよくあるパターンを思い出した。女の子の主人公は焦りながら学校に行く途中で、誰かとぶつかる。女の子は「どこ見てるのよ!」と相手のことを非難する。ぶつかった相手は男の子で、よく見るとハンサムである。そして、しばらくして女の子とその男の子とはふたたび出会い、恋愛の始まり始まりというわけだ。

 こういう物語の始まり方は非常にありふれていて、それ自体がギャグになっている

 ぼくも学生のころなど(ずっと昔であるが)、たとえばクラブ活動の帰りにパンを買って友人と一緒に食べるようなときに、この「パン食い少女」の真似をして笑いをとったものだ。具体的には、パンを口に加えて「ひこく!ひこく!」などと言いながら、小走りに数歩走るのである。「ひこく」と言うのは被告の意味ではない。「ちこく!」と言っているのだが、口にパンを加えているのでそういう発音になっているだけである。

 そうするとギャグのセンスの合う友人は即座に意図を理解して、「おらー、どこ見てんだよ!」と答えてくれたものだ。ハンサムな男の子の役割を演じてくれているのである。

 中年以後になってこんなギャグをやると、精神構造を疑われるであろうから、ここ30年くらいはそんなギャグはもちろんやっていない。

 ただ、くだんの少女を見て、ほんとうに「パン食い少女」はいるのであるなと妙に感心した。

 ぼくの調査したところ、この「パン食い少女」は、少なくとも日本国内においては、広く認知されたギャグになっている。

 今回のブログを書くにあたって「パン食い」「少女」で検索すると、「パン食い少女」を主人公にしたゲームすらあるらしい。

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 だが、はたしてこのギャグは諸外国でも通じるのであろうか?少女がパンを口にくわえて学校へ急ぐような状況は、日本に特有なものかも知れない。

 たとえばモンゴルの遊牧民の場合には、おそらくそうした状況はあり得まい。なぜなら車もしくは馬に乗って学校にゆくであろうからだ。

 アメリカでも、多くの高校生はスクールバスに乗って学校にゆくはずだから、パンをくわえて道を走るなどということはないであろう。

 だから彼らにとっては、「パン食い少女」のギャグがわからないのではないか、と考えたのである。

 

 「パン食い少女」に似た例をひとつあげると、たとえば「ちゃぶ台返し」などが挙げられる。これは「巨人の星」というアニメと関係がある。

 

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ちゃぶ台返し

 

 

 「巨人の星」はおそらく40代以上の人間ならほとんどの人が知っていると思う。

 主人公である星飛雄馬(ほし ひゅうま)が、元プロ野球選手である父・星一徹(ほし いってつ)の厳しい指導とライバルとの切磋琢磨によって、一流の野球選手に成長してゆくストーリーである。

 物語の中には、星一徹が食事の最中に怒って、ちゃぶ台をひっくり返すシーンがある。上に載っているご飯やみそ汁を部屋中にぶちまけるインパクトがとても強いので、このシーンは視聴者に強烈な印象を残す。それがギャグになったのである。

 ちゃぶ台を使用することは、最近は非常に少なくなってしまった。

 こうやってワードで文章を書いていたって、「ちゃぶ台」の「ちゃぶ」の部分にミススペルを警告する赤線がでるほどだ。

 いまどき「ちゃぶ台」を使っているのは、サザエさん一家と、星一徹くらいのものだろう(それにしてもサザエさんの波平は、なぜ「ちゃぶ台返し」をやらないのだろうか)。

 だが、やはり「ちゃぶ台返し」ギャグの愛好家はいる。

 たとえば中年のオッサンが4人くらいで飲みに行ったとき、たまたま和風の座敷に座ったとする。割烹などでは時々、そういうことはあろう。

 テーブルが割合に小さくて軽そうな場合には、メンバーの一人がテーブルの一端を少し浮かせて、今にもひっくり返しそうな動作をする。そして「バカモーン」などと言って対面にいる人間の顔にビンタするふりをする。星一徹をまねているのである。

 対面にいる人間は「何すんだ!父ちゃん!」と叫ぶ。息子の飛雄馬をまねているのである。

 こういうバカなオッサンたちには大変困ったものであるが、実はぼくもその一人だったりする。

 こういうギャグを通じて昭和の時代をともに回顧することは、とても楽しい。

 しかし、この「ちゃぶ台返し」ギャグを、外国の方が見たらどう思うであろうか?

 アメリカ人が見たら、おそらく「その父親(星一徹)は息子(飛雄馬)虐待をしている。虐待は親子と言えども犯罪である」と感じるだけでギャグとはとらないであろう。

 食糧危機に悩むアフリカの国々の方が見た場合には、「食べ物を浪費してもったいない!」という反応になるのではないだろうか?

 このように、あるギャグがギャグ足りうるのは、特定の文化の中でだけではないかと、ぼくには思えるのである。さほどにギャグとは、繊細なものなのである。

 「パン食い少女」なり「ちゃぶ台返し」が外国の方に理解されないとすれば、理解されない部分は、きわめて「日本的」ということになる。

 つまり、他の文化においてはそういうギャグの背景が存在しないからこそ、理解されないのだ。

 だから逆に考えると、「文化内限定ギャグ」は、その文化の特徴を浮き彫りにしていると言える

 ぼくはそういう意味で、さまざまな文化における「文化内限定ギャグ」に興味を抱いた。

 そして、いろいろな国における、そういった「ご当地ギャグ」を集めてみたくなった。そこで件の「パン食い少女」ギャグを紹介し、あなたたちの国でこういうふうなギャグはありませんか、とfacebookで発信してみた

 

 中国とギリシャから返信をいただいた。

 まず中国のギャグを紹介する。

 中国で何年か前に、「真香(チェン・シャン)!」と言う言葉が流行ギャグになったことがあった。

 これは日本語では「うめー!」、英語では”Yummy!”に相当する。

 このギャグはどういう状況で使われるか?たとえば友人同士で食事に行ったとする。

 そこで出された料理が非常に美味しかったとする。

 そうすると、その一人が「真香(チェン・シャン)!」という。

 この時に、なるべくアホな顔をしていうのがコツである。

 周りの人間はどっと笑う、という感じ。

 このギャグはどこが面白いの?と思うであろう。

 このギャグには背景があるのである。

 2014年に中国のローカルテレビ局が制作した番組の中で、あるプロジェクトが企画された。王境沢(ワン・ジンザー)という少年を更生されるプロジェクトである。

 王は裕福な家庭に育ったが、父母により甘やかされて育ったために、わがままになった。自分の好きなものしか食べないし、すぐに怒る。はては父母にまで手をあげるようになった。

 そこで王を、ド田舎の農村に送り込んで、そこでたたき直そうではないか、というプロジェクトが企画された。

 王は農村に連れてこられた当初(数時間)は、貧しい農村の生活を受けいれられなかった。

 農村の素朴な食べ物を受け入れられず、「おれ様は、たとえ餓死しても、おまえらのメシは食わない」とのたまった

 

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お前らのメシなど食えるか!

 ところが数時間後に空腹になる(当たり前だ)。

 農家のホストファミリーは彼にチャーハンを作って出す。

 王は出されたチャーハンをむさぼり食べ、「真香!=ホントにうめ―!」と思わず口に出す。 まったくのアホ面で

 この落差が非常に可笑しいので、王の動画はまたたく間に拡散されることになる。

 それで「真香(チェン・シャン)!」は国民的なギャグになったのである。

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まいう~

 この出来事の動画はYouTubeで見ることができる。英語の字幕もあるので、ぜひ見て欲しい。ぼくは爆笑した。王境沢の顔のアホさが何とも言えない

 https://www.youtube.com/watch?v=VGZZQpWnAc4

 とはいえ、背景にあるエピソードを知らないと、「真香(チェン・シャン)!」は別に面白くない。集団の中で共有された知識がギャグの前提になっている点で、「ちゃぶ台返し」と共通しているのだ。

 もっとも、「真香(チェン・シャン)!」は星一徹の「ちゃぶ台返し」とは違って、そこに文化的な特有性があるわけではない。フランスの非行少年がフランスの田舎に連れていかれても、同じようなギャグになりうるはずである。

 つまり、このギャグについては、ある程度の国際的普遍性がある。

 ここまでが中国からご紹介いただいたギャグである。

 

 最後に、ギリシャからいただいたギャグネタをご紹介する。

 ぼくはかつて、①モンゴルの収容所における日本人俘虜の物語 ②タコは人々にどう思われているか について、Facebookを通じて国際研究を呼び掛けたことがある。

 ギリシャ人の友人であるLydia Psaradelli(以下サラさん)は毎回こうしたくだらない国際研究に惜しみなく加担してくださる(本当によく毎回毎回、つき合ってくださるものだ)。

 サラさんは今回もギリシャ特有のギャグについてご教示くださった。

 サラさん曰く”Take a jacket”と言うのが、ギリシアにおける定番ギャグの一つになっているそうなのである。

 日本語に訳すと「上着を持ってゆきなさい」ということなのである。

 なぜ、こんなセリフがギャグになるのだろうか?

 それは、ギリシアのマザコン文化と深く関わるからなのである。

 どこの国でも、母親は自分の子供のことが気にかかる。子供が何歳になってもだ。

 ただ、どうもギリシアの母親は、他の国の母親よりもずっと強烈らしい。

 そのことをギリシア人たちは自覚していて、それがギャグネタになるようなのである。

 

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わすれものだよ~

 

 たとえば上の写真は、ジャケットを忘れて出かけた息子に、それを渡そうとして追いすがる母親をネタにしたギャグである。

 また下の写真は”take a jacket”という言葉そのものがタイトルになっているテレビ番組で、3人の母親とその子供たちの日常をテーマにしているらしい。

 

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ギリシャのTVドラマ"Take A Jacket"

  つまりギリシャ人の自覚する、ギャグ的アイデンティティは、母親の過度の愛情、ということらしい

  息子や娘が何歳になっても、まだ子供あつかい。寒かろうが暑かろうが、家を出る際には「ジャケット持った?」と訊く。

 こういうジョークもあるらしい「ギリシャの母親にはなにもわからないことはない―明日の献立以外には」

 

  また、ギャグとは直接関連はないのだが、サラさんは別の、いかにもギリシャらしい話を教えてくれた。

  成功した人を妬むのは世の常で、ギリシャでもそういう人がいるらしい。

 人の妬みとはやっぱり怖いもので、それが原因になって頭痛や体調不良が起こる、と信じられている。

 だからギリシャの母親たちは、自分たちの子供がそういう妬みの魔力から逃れるように、おまじないをする。こういうのをxematiazeiと言うらしい。たとえば水に油をたらすことで、アンチ魔力の効果があるらしい。

  https://www.youtube.com/watch?v=P_8Fe1sEeMM

 それに絡んだ格言「成功した人間の背後には、母のxematianzeiがある。」

 今回は日本・中国・ギリシャからギャグを募ってみた。

 こうしてみると、やはりそれぞれの国のギャグは、国民性をある程度は反映しているように思えなくもない。

 ギリシャのギャグは格言と結びつき、少し呪術的な香りもする。さすが文明と哲学の国である。

 中国のギャグは「食」に関連している。さすがは美食大国である。

 日本のギャグを選んだのはぼくなのであるが、星一徹の「ちゃぶ台返し」から星飛雄馬の根性は養われたのである。この点、勤勉を美徳とする日本の文化と多少は関係しているかもしれない。

 というわけで、今後も国際ギャグ研究は続くのである(たぶん)。

 

 

 

 

 

 

 

「すし学校における人事」ーせとうち寿司親方つれづれ話5

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この意味は本文を読んでいただければわかります

 前回は「基礎すし学」と「実践すし学」の話をした。

 寿司というものは、単純に考えると魚の切り身をシャリの上にのせたものに過ぎない。

 だが、それが一つの文化になりえたのは、刺身なりシャリに対して、先人たちがこだわりを持ったからなんだね。

 一口に刺身って言ったって、それが天から降ってくるわけじゃない。

 まず魚を獲って、あるいは育てて、それを切り分けて、きれいに形を整えて、それで初めてすしネタになりうる。

 このプロセスのどの部分が欠けても、寿司は作れない。

 だからいい寿司を作るためには、良い魚を獲る専門家も、それを冷蔵する専門家も、解体する専門家も必要であるし、出来た切り身を刺身にする専門家も必要だ。全国に80校ほどあるすし学校には、このように細分化されたそれぞれの分野を担当する部門がある。そして、それぞれの部門の親方(=責任者)がいる。

 こうした部門は、その内容に応じて「基礎すし学」と「実践すし学」に大別される。

 すしを作るプロセスは、「魚」の段階をスタートとして始まり、客の前に出される「寿司」がゴールになる。

 このプロセスの入り口に近い部分が、「基礎すし学」であり、ゴールに近い部分が「実践すし学」だ。

 たとえば、「水温を何度にすれば、最も味の良いマグロを育てるか」を研究する部門は「基礎すし学」に分類されるし、「いかにして切れば、刺身の味を最も引き出せるか」は「実践すし学」に分類される。

 そして、おのおのの領域はさらに、時代の状況に応じて発展を遂げている。

 たとえば20世紀の中頃までは船さえ出せばいくらでも魚が獲れたので、「基礎すし学」における大きなウェイトは、魚を獲る技術に置かれていた。

 しかし20世紀も後半になると、乱獲であるとか領海の問題のために、魚を獲るだけではなくて育てる技術が重要になってくる。それで「基礎すし学」の花形部門が、「遠洋漁労部門」から「近海養殖部門」へと移った。

 さらに時代が進んで21世紀になると、地球温暖化アジア諸国の経済発展に伴い、ますます水産資源が不足してきた。そうするともう養殖したって不十分なので、魚の細胞を培養して魚肉を造ろうなんて発想がでてくる。こうして「魚肉再生部門」なんていうのが、多くのすし学校で創設されて、それに大きな予算がつけられたりする。

 こういうふうに多角的な側面から、日本の「すし」の水準を上げてゆこうとすることは、良いことだ。だから、一つのすし学校に「基礎すし学」に属する部門と、「実践すし学」に属する部門がたくさんあること自体には、あたしとしても異論はない。

 ただ、こういった「すし学校」の組織の在り方が、かえって「よい寿司を国民に提供する」という、すし学校の本来の使命を損なう遠因となることも、かなり多いんだ。今回はその話をする。

 

 第4話で、天皇家が心臓のすしを所望した時、本郷すし学校で期待に応えられる人間がいなかったので、お茶の水のすし学校の親方が腕を振るった話をしたよね。

 なぜこんなことが起こったのか、あたしにはだいたい見当がつく。つまるところ、すし学校中での出世のシステムと、大きな関係があるんだ

 すし職人のキャリアプランにはいろいろある。自分で店を経営して流行る店にするなんて言うも一つの生き方だろう。経済的に最もトクなのは、おそらくそういう生き方だ。

 だが、新しい寿司を開発したい奴とか、特殊な魚を握ってみたい奴、あるいは物事にのめり込むタイプの奴は、すし学校で教官になるキャリアを選ぶ。その場合、やはり親方、つまりその部門のトップになることが、一つの大きな目標になる。

 別に親方にならなくたって、寿司を握る技術を追求してゆくことはできる。実際のところ、非常に腕がよいのに、運がないばっかりにナンバー2だとかナンバー3の地位にいる人間は、どこのすし学校にもたくさんいる。

 だから、仮に親方になれなかったとしても、それはその職人が駄目ってわけではない。むしろ、親方になったからと言って、自分が何でもできるように錯覚している人間の方が、あたしは愚かだと思っている。

 とはいえやっぱり、すし学校におけるキャリアを選ぶ以上は、親方になるのは一つの大きな目標であることは事実だ。

 相撲とりになるやつはやっぱり幕内になりたいだろうし、フレンチの職人になるのなら、できればミシュランで星の一つも獲ってみたい、そんな心理だね。最近は、役人になりたい奴も昔よりはずいぶん減ったらしいけど、いったん省庁に就職したらみんな局長だとか次官になりたがる。すし学校においても、やっぱり同じような現象が生じる。

 何十年か前の小説だけど、「白い木板」というのがある。「木板」というのは寿司屋のカウンターの比喩なんだ。小説の内容は、あるすし学校における、親方の地位をめぐっての競争をテーマにしたものだ。主人公は、ナニワすし学校の、ある調理部門におけるナンバー2なんだが、金をばらまいたり権謀術数を駆使したりして、なんとか親方になろうとする。

 いまでは「白い木板」の時代ほどには、親方に権力がなくなった。それでもやっぱりなりたい奴は多い。

 そこで、すし学校において、親方がどうやって選ばれるのかを説明しよう。

 ここからはちょっとアブナイ話になるので、自己責任でお願いします。

 

 すし学校における親方の選び方は、そのすし学校が国立か、私立かに応じてまるっきり違ってくる。第3話(弱者からみたすし閥)でも書いたんだが、私立のすし学校の場合には、密室で勝手に決めることも多い。これは、そこのすし学校の卒業生が最優先という原則があるからだ。建前上、公募を行う場合もあることはあるが、すごく優秀な人間が応募しても、書類だけで落とされてしまったりする。こういうのは次元的に、裏口入学と全く変わらないと思うんだが、なんでみんな黙っているんだろう。

 ちょっと前に東京にある私立の、西新宿すし学校という学校が、入学試験で男子には下駄をはかせて問題になったことがあった。学校を卒業して職人として修行する時期は20代の後半から30代前半にかけてだ。この時期は、女子における出産・育児の適齢期と見事に一致する。だから女子の職人の中には、途中でリタイアしてしまう人もいる。そうなるとすし学校としてはマンパワーが不足して、立ち行かなくなる。

 この点、男の職人は出産しないし、育児の負担も少ない。だから就職すると、なかなかやめない。そういう理由で、西新宿すし学校としては男子を優先して採用したかったわけだ。これはやっぱり不正と言われても仕方ないとは思うが、すし学校の側の考えもわからないわけでもない。

 しかし、学生を能力通りに選ばないことと、親方を実力通り選ばないことは、同じくらい不正なことなんじゃないだろうか?多くの私立のすし学校においては、親方がガラス張りの透明さで選ばれる場合の方がむしろ稀で、大半は密室の話し合いで決まってしまう。なんで、それについては誰も何にも言わないか、あたしはつくづく不思議に思う。

 まあこの点は今回のテーマではないので、国立(コクリツ)および、まっとうな私立のすし学校における、親方の選考に絞って話を進める。

 国立の場合には、一部の私立のすし学校とは違って、リジチョーだとかドウソウカイチョーが密室で話し合って、「まあまあ今回は平成〇年の(わが校の)卒業生の△△君で行きましょうや」みたいに決めるわけにはいかない。なにせ、日本国民の税金で運営されているわけだからね。議員の選挙なんかと同じで、基本的には公正な体制が求められる。それで、親方を選考する際には選挙が行われる。

 すし学校には多くの部門があるのだが、それぞれの部門の親方が、それぞれ一票を持っていて、投票を行う。得票の多寡によって、ある部門の親方が決定する。

 これは、一見すると公平な制度なんだが、じつは多くの問題を抱えている

 最大の問題点は、往々にして投票する側が、候補者の能力を的確に評価できないことだ。

 たとえば、基礎すし学の一部門で「飼料学」という部門がある。魚にどのような飼料を食べさせると、最も味がよくなるかを研究する部門だ。一方、「実践すし学」の一つの部門に、タコとかイカのような軟体動物を使って作る寿司を専門に扱っている部門がある。この部門を「柔らかもの部門」としようか。

 仮にあるすし学校において、「柔らかもの部門」の親方を選ぶことになったとするね。

 腕に覚えのある一人の職人が立候補したとする。彼は、タコのフニャフニャした肉質を、シャキッとしたものして噛み応えのある寿司を作るのが得意だ。このために、タコの繊維の方向に対してどの角度で包丁を入れればよいかとか、氷水で何分間洗えばよいのかなんかについて、特別な技術を持っている。

 一方、そのすし学校の「飼料学」の親方は、ブリの養殖を専門にしている。ブリにどういう餌を食べさせると、旨くなるかに関しては世界的な権威だ。また、タコがどういう食べ物をエサにしているのか、基本的な知識は持っている。それも「飼料学」の範囲だからね。

 だけど「飼料学」の親方は、自分でタコを料理するわけではない。繊維に対して包丁を入れる角度によって、タコの味が変わるなんて言われても、ピンと来ない。人間っていうのは、なんでも自分の価値観を中心に物事を判断する。だから、「飼料学」の親方は、「美味いエサさえ与えれば、タコの味は良くなるはずだ。切り方なんて、あんまり関係ないさ」なんて考えたりする。だから、ある職人が、ネタを切る腕についてアピールしたって、「フーン。そうかい」くらいに思うだけだ。

 こういう反応は「飼料学」部門だけではなくて、他の部門も似たり寄ったりだ。例えば、安定して寿司ネタを供給するために、魚の市場価格について管理する「水産流通学」という部門がある。その部門の親方は、漁業経済には明るいが、タコの切り方に上手い下手があるなんて、よくわからない。

 つまり、自分の専門とする分野以外については、誰しも的確な判断ができないんだな。これは当たり前のことだ。

 

 そうするとどういうことが起こるか。

 

 「柔らかもの部門」の親方に、もう一人の人間が立候補したとする。

彼はタコやイカのすしは普通に握れるが、神業的な技術を持っているわけではない。ただ人当たりは良くて、すし学校主催の忘年会や、ゴルフコンペなんかには欠かさず出席する。

 これに対して、もう一人の候補者であるタコの切り方の達人は、ゴルフコンペなんか一回も出たことはない。そんな暇があるんだったら、タコの切り方をもっと研究したいと思っている。

 あなたが「飼料学」もしくは「水産流通学」の親方であったとしてだね、いずれの候補者に投票するだろうか?

 結果は明らかだ。ゴルフコンペの職人だよね。両方とも実力のほどはわからない、だったら愛想のよい方に投票するのは、これはもう当然のことだ。

 となるとだ。

 将来的に親方になりたいと思っている、すし学校の職人たちはどういう行動に出るだろうか?

 いくら腕を磨いても、腕の良し悪しが(投票権を持っている)ほかの親方たちにはわからない。むしろ人当たりがよくて社交的な奴が評価される。それであれば、職人としての腕を磨くのはほどほどに、あとは飲み会やゴルフなんかに顔を出すことに精を出すんじゃないか?

 まあこういうふうに、すし学校における親方の選考で最も大切なのは、基本的には周辺との人間関係というのが、現実だ

 だから要領の良い奴は、他の親方たちといい関係を作ろうとして、いろいろと工夫をする。

 そういう工夫の中で、もっとも効果のあるのは、どういうことだと思う?

 それはね、気に入られたい人間に、わかりやすいことをやることなんだ。

 これは当たり前のことだよな。

 だって例えば、あなたがスポーツの好きなタイプだとするね。高校では野球部だったし、今でも時々、スキーやゴルフに行く。

 あなたの部下として、二人の人間がアプライしてきたとする。趣味は何かと訊くと、一人はバスケットボールが好きで、もう一人は囲碁が好きだという。

 この場合、前者の人間を採用しようと思うのは当然だろう?

 ところが逆に、あなたがプログラミングが好きなタイプ人間だとするね。

 この場合には、あなたは、囲碁が好きな人間を採用するんじゃないだろうか。

 こういうふうに人間と言うのは、どうしても自分のやっていることに近いことをやっている奴に対して親近感を持つものだよね。

 

 ここで、さっき話した「柔らかもの部門」の話に戻ろうか。要領のよい候補者は、どういう行動にでるだろうか?

 先に述べた「飼料学」の親方と近しくなろうと思ったら、彼との接点を作らなきゃいけない。このために例えば「いかなる飼料を与えると、旨い味のタコができるか」なんかについて勉強し始めるんだ。

 たまたま会合で、飼料学の親方と、彼に気に入られたい「柔らかもの部門」の職人があったとするね。

 その職人は「明石海峡のタコは味がいいですよね。あそこには小さなアジがたくさん住んでいて、それを食べるからなんですね」と言う。

 そうすると、「おっ君。よく解っているね!私の専門はブリの養殖なんだが、ブリの餌としても小アジは適していて…」みたいに話が弾むだろう。「飼料学」の親方による評価は、赤マル急上昇だ。次の選挙で1票獲得、というわけ。

 かくして、タコの調理そのものでは達人の候補者は敗北し、「飼料学」を少々かじった職人が当選する。こういうふうに、自分の専門以外にも手を伸ばして、その分野の親方たちと親しくなるのは、すし学校で出世する手法としては、とても役に立つ。というより、職人としての腕そのものより、ずっとウェイトが大きいというのが、多くのすし学校における哀しい現実なんだ。

 語り口から推察できると思うが、あたしはこういう傾向はよろしくないと思っている

 ただこれに対して、批判もあるだろう。

 「たとえ寿司を握ることそのものが本来の専門であったにしても、魚がどういう餌を食べているのか知っていたって悪くないではないか」と言う批判が、まず考えられるね。

 たしかにその通りだ。

 どの海域にどういう小魚がいて、それに応じて魚の味がどう変わるかの知識は、旨い寿司を握る上でそれなりに役に立つ。材料を選ぶ際に使えるからね。

 ただあたしが言いたいのは、例えば、明石のタコは旨いっていうことを知っておけばそれで充分だろうっていうことだ。明石のタコが何を食べているのか別に知らなくたって、良い材料は選べる。もっと言えば、産地についてのウンチクが全くなかったとしても、材料を見たり切ったり、味わったりして、その材料の良し悪しを判定する能力の方が、すし職人にとってはずっと重要なんじゃないか?

 そりゃ魚に関する事だったら、仮に直接すしを握ることに関係しなくったって、知ってた方が良いに決まっている。ただし、すしを握るという道は厳しいからね。それだけやっていたって、技を極めるのは非常に大変だ。だから、専門外の事に対してあまり多くの労力を費やしてしまうと、本業がおろそかになるんじゃないかってのが、あたしの考えだ。どんなにパワーのある人間だって、やはりエネルギーには限界があるからね。野球でも一流、囲碁においてもプロ級なんて人間はいないだろう。結局、どっちつかずになってしまう。

 こういう背景で、本郷すし学校にとって極めて不名誉であり、天命堂すし学校にとっては僥倖であった「心臓騒動」が起こったんだと思うな。つまり、本郷すし学校における心臓調理部門の長は、まな板の前に立つ時間は短いが、他の分野の親方と仲良くするのがうまい、政治家タイプの人間だったんだろう。そりゃ政治家にはすしは握れないよ。

 

 でも、その道の実力そのものより、人付き合いの方が出世には重要だというのは、一部のすし学校の中だけではなくて、世間一般の現実なのかも知れないね。会社とかに勤めている人間だって、仕事のできる奴だけが出世するとは限らない。またたとえば相撲の世界だって、相撲が強かった大関とか横綱が、協会で高い地位に上がるとは限らないからね(このブログの挿絵はそういうイメージ)。

 

 そろそろ終わりにしようと思うんだが、最後に断っておくことが一つある。

 今回述べたのは、あるすし学校の内部から、上に上がろうとする場合の話だということだ。たとえば明太子すし学校のある部門に候補者が二人いて、どちらを選ぶ、と言うような場合。

 これに対して、あるすし学校から、別のすし学校の親方にアプライする場合は、話がまるっきり違ってくるんだ。たとえば、ナニワすし学校の人間が、せとうちすし学校に来るような場合だね。

 ざっくり言うと、その場合に限っては、実力勝負なんだ。投票権を持っている、他の部門の親方たちに気に入られようったって、もともと面識がないんだから、そんなことできっこない。だから、当該分野の識者に話を訊いたりだとか、実際に皆の前で寿司を握らせるとかして、実力本位で選考を行う。

 腕に覚えがあるけれども、あんまり愛想のよくないタイプの職人なんかには向いているコースだ。

 こういうタイプの選考が多く行われるほど、本当に腕のよい職人が親方になって、業界全体のレベルが上がってくる、とあたしはいつも思う。

 だが哀しいかな、そういうケースは親方の選考の、だいたい3割くらいしかないんだ。

 あとの7割くらいは、今回の話で紹介したみたいに、ほかの部門の親方たちに顔の効く人間がすでにいて、外からどんなに優秀な職人が立候補したってかなわない。また、国立・私立を問わず、母校出身の人間だけを選考の対象にしているすし学校は、ごまんとあるからね。

 このことについては、改めて述べようと思う。今回はここまで。