前にこのブログで、香川県に良いところは沢山あるのに、「うどん」のイメージが先行し過ぎてそうした魅力が見えてこない、これは残念である、と書いた。
こう書いたからにはぶつぶつと文句を言うだけでなく、具体的にどういうところが良いのかを知ってもらう義務も生じる。
というわけで、今日は香川にある「ぶっとび」ウナギ屋の話を書く。
「今際のきわ」の食事、つまり死ぬ前に最後に何を食べたいかというアンケートをとると、ウナギは必ず上位に入っているらしい。
「そりゃ、そうだろ」と多くの人は言うだろう。
味を論じる以前にウナギのかば焼きは、焼く匂いからして道行く人の足を止めさせるほど香ばしいし、茶色いタレを噛み破いて出てくる身は白く美しく、いかにも滋養にあふれるように見える。
ウナギは、日本人の国民的好物なのである。
ここで皆様にお訊きしたい。あなたはウナギをどのような場所で食べますか?
「もちろん、ウナギ屋さんへ言ってたべるよ。上野の伊豆栄が一番だね」
「お客さんが来たときに、出前を取ります」
「新幹線の中で、ウナギ弁当を食べるのがぼくは好きだ」
「デパ地下で買ってきて、家で食べる」
などが一般的な答えだろう。
「田んぼの脇にあるプレハブ小屋で食べます」という人はいませんよね。
ぼくは1年に1回か2回、田んぼの脇のプレハブで、焼き立てのウナギを食べます。
ぼくの勤務している香川大学医学部は、新設国立の例にもれず、かなり自然が豊かなところにある。そのような環境の中を毎日うろうろしていると、ちょっと他の土地にはとうていあり得ないような変な店を見つけるのだ。
香川県は降水量が少ないので郊外の農村地帯は、限りある水を大切に使うために、用水路にかなりの工夫がなされている。
田園はため池や川と用水路で結ばれ、必要な時に水が必要なだけ田んぼに引けるようにしてある。用水路というとコンクリートの無味乾燥な溝を連想するかもしれないが、緑の藻がたゆたうせせらぎの中を鯉が泳いだりしていて、九州の柳川で有名な「クリーク」といった方がしっくりくる。もっとも、船が漕げるほどの広さはないが。
そのミニ・クリークのある田園を、散歩したり走ったりすると、とても気持ちが良い。
といいつつ本題に入ってゆくが、謎のウナギ屋が香川大学医学部の近くにあるのだ。
どのくらい「謎」かというと、
⓵ 6月の中旬から8月の中旬までしか営業しない
⓶ 営業時間は19時まで
⓷ 隣の広い池でウナギを飼っていて、実に新鮮である
⓸ 勝手に酒をもってきてウナギを肴に宴会しても、全くOK
⓹ 酒はいくら持ってきても、何を持ってきてもかまわない
という「謎」さなのだ。
これだけ変わったウナギ屋を、ぼくが放っておくわけがない(類は友を呼ぶのだ)。
有志5~6人を集めて、心ゆくまでウナギと酒を楽しみながら夏の宵のひと時を過ごす、というアホーなイベントを昨年から、年に2回ほどやっている。
今年は7月15日に宴会を行った。
まず、これがそのウナギ屋の外観です。なにか文句がございますかね。
広さはだいたい6畳くらいである。
外観は「海の家(今は死語か?)」に似ている。
一見、掘っ立て小屋に見えるが、プレハブである。つまり柱はない。
廃屋風の外観ではあるが、中には冷房も効いていて、冷蔵庫やテレビもある。
もちろん電話もあって、ウナギを買いに来る客の注文をとる。
ただしパソコンはない。
70代と思しき親父さんが、この小屋の中でウナギを焼いている。作業をしていないときはテレビを見ている。
少し手前から小屋を見るとこのようになる。
小屋の手前に茶色の網で囲われたエリアがあるが、ここでウナギをさばくのである。
ではそのウナギはどこから採ってくるかというと、小屋に隣接している池から採ってくる。
この池はわりに大きく、25メートルプール位の大きさがある。
水は透明ではなく、市ヶ谷の釣り堀のような緑色をしている。
しかし水質を保つためか、いつもポンプで循環させているので、濁った感じはない。きれいな感じがする。下の写真ではなんとなく水が濁っているように見えるが、夕方に撮影したためだ。
ドラム缶が置いてあるが、これはウナギのアラとか、食べ残しを燃やすためである。
都会人にゴミの処理法を聞くと「瓶や缶は月曜で、燃えるものは水曜」というふうに、ふつう「移送」を前提にした答えが返ってくるが、香川の郊外に来ると「燃やす」という選択もあるのである。火は偉大である。
看板の出ている部分が、店・調理場・親父さんの居室を兼ねている。
この部分に隣接して、さらに小さな小屋がもう一つある。
ここは希望者があった時だけ使用する「宴会場で」、広さは3畳くらいである。
「宴会場」のドアにはガムテープが×型に貼ってあり、ステンドグラスのように客の目を楽しませてくれる。
このデザインセンスに象徴されるように、この店のオヤジさんは豪快だ。
ウナギさえ買ってくれたら、酒なんか、どんな酒をいくら持って来たって自由なのである。持ち込み料なんて、ケチなことは言わない。
というわけで宴会に突入する。
宴会の開始はだいたいいつも17時である。
なぜこんなに早いかというと19時きっかりに親父さんが店を閉めるので、その時に退去を求められるからである。
今年は大学関係の仲間5人が参加した。
人数がそろうとウナギの注文が取られる。
「ウナギの大きさは?大・中・小?」と訊かれる。
重さに応じて値段は変わる。
当然、「大」を注文する。「大」は本当に大きくて、35センチくらいある。
これで値段は3300円。田舎にあるからすごく値段が安い、というわけではない。
しかし酒をいくら持ってきても良いので、ぼくのように酒を大量に飲むものにとっては、普通のウナギ屋に行くのに比べてかなり安くつく。
本日は凱陣(がいじん)という、香川の銘酒を持ってきた。
「宴会場」には会議用の折り畳みデスクと、やはり折り畳みの椅子がおいてある。「どうぞお気楽に」という店の側の意思表示なのである。
もちろんビールも持ってきた。昔の銭湯で牛乳を売っていたような冷蔵庫が置いてあるので、そこに缶ビールを2ダースほど入れておく。
ウナギは発泡スチロールのトレーに載せて供せられる。関西風のパリっとした焼き方で、非常に美味しい。
ごはんは別売りで、どんぶり一杯で150円である。
ウナギとご飯だけだと栄養的によろしくない。であるので、トマトとキュウリも持ってきた。
この宴会は例外なく、非常に盛り上がる。それゆえ、写真を撮るのを忘れてしまう。
宴会が終わると後片づけをする。
小屋は自由に使ってよいが、原状復帰を求められるのである
でも片付けは非常に簡単で、ドラム缶にゴミを入れて火をつけるだけなのである。
というわけでこの、「海の家」風のウナギ屋、大変に面白い。
高松から電車に20分ほど乗って、さらに10分くらい歩くとつきますよ。
ぼくは自転車で行きますが。
香川県も「うどん」ばかりじゃなくて、こういう秘境も宣伝せんかい。
でも、6月から8月しかやっていないのと、19時閉店のハードルは高いかな?
関西からだとそんなに遠くはないんですけどね。