週末、千葉大学の形成外科に講演にご招待いただいた。講演に先立ち同大学への入局者の紹介が行われたが、東京の中心地にある大学を卒業していながら、千葉大学へ入局する若い医師が何人もいることを知り、驚いた。


 私は香川県という地方の大学で教室運営を行っている。骨身に沁みるのは、東京や大阪という巨大都市のロケーションが、若い研修医を勧誘する上で、とてつもない利点であるということだ。


 東京の中心部にある大学病院に永年勤務し、そののちに香川大学病院で働いた経験から断言できるのだが、少なくとも大学病院の医療水準は、地方の大学は東京の大学に比して全く遜色がない。というよりむしろ個々の医師の臨床能力は、地方の大学の方が高い。この理由はしごく簡単で、少ないマンパワーでほぼ等質の仕事量をこなしているからだ。手術は、やればやるほど上手くなる。人のあふれている都心の大学より、おのおのの医師がフルに働かなくてはまわって行かない、地方の大学にいる方が、臨床能力が高くなるのはごく当たり前じゃありませんか。


 それにも関わらず地方大学を卒業した多くの医学生は卒業後、東京や大阪での研修を希望する。医療水準は地方の大学でも東京の大学でもほぼ変わりがないから、純粋に医学技術、知識を吸収しようと思うのならばどの大学病院で研修をやっても大差がないことを、情報収集の能力が高い現在の若者が気づかぬわけが無い。


 それなのになぜ東京や大阪に集中するのか?その理由はずばり、刺激の多い街に住みたいからであろう。医学生は厳しい受験競争をくぐりぬけて来た者たちである。ゆえに、頭脳的な快楽を求める傾向がある。つまりたとえば、自然の中で運動をすることよりも、観劇をしたり、趣味の集会に出たりすることを好む場合が多い。こうした悦びを求めるのは大都市のほうが地方都市より有利だから、大都市に居住することを志向する。職業的技術を取得する上での条件と、娯楽を享受するための条件を勘案して、都心に流れる。本来は頭の良い彼らであるからして、自分の出身校でもない都心の大学に入局しても、将来的に冷遇されるのは本能的に気がついているのかもしれない。しかし、若い人はせいぜい2~3年先のことしか考えられない。先のことは誰もわかりません。ですから確実な今の楽しみを、というわけだ。


その結果、臨床的にはぱっとしない大学であっても、立地条件さえ良ければ多くの研修医が集まるのである。正直言って、若者の就職先としては、こと形成外科の場合には少なくとも、その大学の臨床的実力を1としたら、立地条件の重要さは7~8くらいのウェイトがある。僕自身が永年、都心部の大学にいたから非常に良く判る。楽しくて楽な研修が、みんな好きだものね。


 という状況がこれまでずっと続いてきたので、今回、千葉大学の同門会に参加して、少なからぬ人数の若者が、都心部の大学を卒業して千葉大学へ入局することに非常に驚いた。娯楽を求めるためならば、御茶ノ水や新宿が千葉よりもずっと適していることは言うまでも無い。それなのになぜ、こうした「逆転現象」が生じるのか?


 推測するに、地理的な不利点を補って余りあるメリットに、若い医師たちが気づき始めたのだと思う。少なくとも形成外科について言えば、都心部にある多くの大学の臨床レベルはかなり低下している。前述したようにこれらの大学はさして努力をしなくても若い医師たちが入ってくるので、特に指導する側も腕をことさら上げて見本を示さなくても良い。また、いままでに多くし採用しすぎた研修医たちは、その人数の多さがゆえに充分な教育を受けられていない。ゆえに時間が経っても指導者になれない。
 また、医局のトップである教授が、臨床家でなくて政治家になってしまう。きちんとした手術をしなくなる。出来上がったシステムに乗っかっていれば安泰なんだから、あえてリスクを冒して手術なんかするわけがない。嘘だと思うなら都心部の研修医諸君、君の出身大学の主任教授はどんな手術ができるか、訊いて見なさい。その道の第一人者と言えますか。


 そうしたことが積み重なって、都心の大学では臨床のレベルは非常に下がっている。このことは、君たちが30代の後半くらいになって一人前になると、よくわかると思うな。

 この反面で千葉大学は、正攻法で研修医を獲得する努力をしてきた。都内の少なからぬ大学が飲み会や遊びのイベントで新人にアピールする傍ら、千葉大学では三川教授が先頭に立って、臨床的な実力を示すことで同大学の優位性を示し続けてきた。


 このことに気がついた研修医たちは賢い。医学部ブームは続いてはいるが、医師の将来は明るいとは言えない。医療財源はどんどん乏しくなるし、大都市では開業もほぼ飽和状態になりつつある。診断を主体とする診療科においては、人工知能の発達が、すくなからぬ仕事を奪うであろう。さらに定年がおそらく延びることで、公的な医療機関での昇進もしにくくなるはずだ。


 こうした中で生き残ってゆくためには、きっちりと実力を身につける他はない。サーカスも楽しいが、パンを稼ぐことのほうが先決だ。もはや新宿や千駄木なんかで遊んでいる暇は無いのである。よくそこに、気がついたね。まあ、中には千葉が実家だから、という人もいるかもしれないけど(笑)。


 今の研修医は駄目というが、やはり頭の良い人間はいるものだ。そんな事を考えて、嬉しかった。泥をかぶらず過ごして行けたのは平成までだよ。次の時代は、君たちのような先読みの出来る人間が生き残って行くと思うな。