ワンポイントレッスン:後期研修先の選び方

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サーカスは楽しいが…

 今年も、大学卒業後2年間の初期研修を終えた若い医師たちが、専門分野の研修先を選ぶ季節がやってきました。

 医学分野以外の方のためにこの意味を簡単に説明します。現在の医学教育システムにおいては、医学生が医学部を卒業して2年間は、内科・外科・小児科などを数カ月おきにまわって基本的な知識を学びます。その後に、耳鼻科医になろうとする人は耳鼻科を学び、泌尿器科医になろうとする人は泌尿器科を4年間学びます。この時点で「専門医」という資格をとり、一応は一人前になったとみなされます(本当はまだまだ学ばなくてはいけないのですが)。その、耳鼻科なり泌尿器科をどこの病院で学ぶか、ということを決める季節がやってきたと言うことです。
 この時期に医師としての実力は急速に伸びますので、研修先はかなり慎重に選ぶ必要があります。ですが、選び間違いをして自分の才能をつぶしてしまっている人が、かなり多いことも現実です。

 そこで研修先をまさに選ばんとしている若い医師たちのために、ワンポイントアドバイスをしましょう。非常に簡単なことですので、ぜひ頭の隅に入れて、できれば活用してみてください。少なくとも形成外科の場合には、この法則はとても役に立ちます。

 そのアドバイスとは、「入局しようとしている講座の主任教授は、何を得意としているのか」を確認することです。
 一口に主任教授と言っても、いろいろなタイプがいます。教授選考では普通は業績も選考基準のひとつとなりますので、少なくとも国公立大学の場合には、主任教授という立場になれば、それぞれ得意な分野を持っているはずです。一部の私立大学の場合には、業績など乏しくても理事会などの推薦で決まってしまうところもありますが、これは別の話になるので、他の機会に触れます。

 「誰は何の分野において第一人者であるか」という色分けは、少なくとも形成外科の世界においては、かなり鮮明になされています。
 たとえば「眼瞼下垂の第一人者は誰ですか」と、多少物のわかった医師に訊けば、前S州大学のM教授の名前が挙げられるであろうし、「リンパ浮腫の手術で日本のトップは誰ですか」と訊かれると、10人中8人は元T大学教授のK教授の名前を挙げるでしょう。
 大学の主任教授ともなればこのように自他ともに認める得意分野があるはずであるし、逆に言えば、そうしたものを持っていなければ恥ずかしいはずです。私の場合には胸郭の形成外科・美容外科に力を入れ、この分野では秀逸な存在たらんと努力しています。

 そこで、どの大学で後期研修をやるのかを決める場合には、「その講座の主任教授が何を得意とするか」をチェックしてみましょう。
 その答えとしてはいろいろあると思いますが、たった一つだけ、重要なポイントをお教えしましょう。
 それは主任教授が自分の得意分野を「○○の手術を得意とする」という形で明確に述べることができない場合には、その施設では、臨床に力点を置いているのではなく、多くの場合、基礎研究に主眼をおいている」ということです。

 形成外科の場合には、大学ごとにカラーがかなり異なります。ある大学では細胞培養や、遺伝子操作を中心とした基礎研究に力を入れていますし、別の大学ではひたすら手術をやっています。
 手術を数多くやりたい人が、朝から晩まで細胞培養をさせられても、ストレスが溜まるでしょう。また逆に、研究をやりたい人が夜中まで手術をやらされてもやはり不満でしょう。
 そうしたミスマッチングを避けるためには、自分に合った研修先を選ぶべきです。それには、自分の属しようとする研修先の性質を見極めることが重要です。そしてそのためには、講座のトップである主任教授の得意分野を確認することが大切である、と申し上げているのです。

 もっとわかりやすく説明しましょう。ノーベル賞をとった山中先生は再生医学者としては一流ですが、整形外科医としては二流以下です。私が言うのも恐縮なのですが、ご本人が「ぼくは整形外科の研修医時代には『ジャマナカ』と呼ばれていた」と冗談交じりにおっしゃっておられるのだから、失礼はご容赦願います。また、こんな冗談を言えることが山中先生の器の大きさでもあり、他のノーベル賞受賞者と比べても、ダントツに人気のある理由なのでしょう。 

 しかしそうした山中先生が、もしもその業績の偉大さゆえに、ある大学の整形外科講座の教授になったならば、その講座はどのようになるかをご想像ください。手術もそれなりにやるけれども、やはり試験管を振っている時間が長い、そうした集団になるはずです。
 それと同じことで、主任教授が臨床を得意とするのか、基礎研究を得意とするのか、で研修医の運命も大きく影響されます。このアドバイスを頭に入れて入局先を決めれば、大きなミスマッチングは避けられるはずです。

 とは言っても話はそんなに簡単ではありません。形成「外科」と言うからには、やはり手術をやってなんぼ、という側面があります。ゆえに仮に基礎研究を中心としている人でも、それなりには手術もやります。ですが、リンパ浮腫なり、眼の手術なり、漏斗胸なり、と具体的な病名を挙げて、「これについては第一人者」と公言することはさすがに出来ません。「○○の手術を得意とする」と明言できるか否かが試金石になる、というのはそういうことです。

 組織を大きくするためには、その構成員の数を増やすことがもっとも重要です。ゆえにあらゆる大学で後期研修を行う医師を熱心に勧誘しようとしています。研修医が見学に来れば飲み会をやったり、パーティーイベントを企画したりして、「楽しさ」をアピールするところも多いようです。確かに職場の雰囲気は非常に大切です。

 ただ、「本当に雰囲気が良いのならば、ことさらに『楽しさ』をアピールする必要はないのではないか」と穿った角度から考えたうえで、このブログに書いたような、ある意味、意地悪い視点でものを見るタイプの人間の方が、ただ楽しさに流される人間よりうまくいっているように見えますよ、私には。