せとうち寿司ブログ20―学費を上げろ!と叫ぶアホ

こうでもせんと、解らんでしょうね。

 もしもあなたがラーメン屋を経営しているとするね。

 あなたの実家は農家である。それゆえ、あなたはネギや野菜を安い値段で仕入れることができる。あなたは研究して美味いラーメンを作る。そして、それを750円で売るとしよう。ラーメンは評判になって、お客さんがたくさんくる。

 ところで、あなたの街にはもう一軒ラーメン屋がある。そこではラーメンを一杯900円で売っている。そこの店主はあなたの店が流行るのを見ていて、面白くない。それで町内会の集まりに出て行って騒ぎたてる。

 「A軒(あなたの店)はけしからん!あそこでは750円で売っている。俺のところでは900円だ!これは不公平である。客は安い店に行くに決まっている。だからA軒でも150円、ラーメンを値上げせんかい!」

 このオッサンを、あなたはどう思うだろうか?「単なるアホ」そうだろう?自分の店を流行らせたいのだったら、営業努力をしてラーメンを少し安くするなり、よりうまいラーメンを作るように頑張ればいいではないか。それなのに、客の来ないのを他人のせいにして、ガキでもおかしいと思う理屈を恥ずかしげもなくわめき散らす。頭がおかしいとしか言いようがないよね。

 だけど、このアホなラーメン屋と同じことをやっちゃうオッサンがいるんだな。そのオッサンがまた、あたしの母校の親玉だったりするから、情けなくて涙がでるぜ。あたしは四国にある「せとうちすし学校」で職人たちを教えている。だけど卒業したのは東京にある「四谷すし学校」だ。「四谷すし学校」は三田にある「三田義塾」という学校の一部門である。三田義塾は私立大学である。その親玉は「塾長」という。仮にそいつの名前をエトー君としようか。こいつが騒ぎの中心だ。

 現在のところ、国立大学の授業料は年間約50万円だ。それに対して私立大学の授業料は文系で80万円、理系で110万円かかる。この現状に対してエトーは文句をつけた。いわく「国立大学の授業料が安すぎると私立大学にとって、競争上不利になる。だから国立大学の授業料を150万円程度に値上げせんかい!」

 この話を聞いたあたしは、即座に「ハア?アホちゃうか」と思った。吉本かなんかの漫才師が、受けを取るためにギャグを言っているのかとすら思った。ところがどうもエトー君は、冗談でもなくホンマにこんなアホなことを言っているらしい。

 四谷寿司学校を辞めてしまったあたしとしては、三田義塾にもほとんど関心がない。でも「こういうアホなことを言う奴は、どんな顔をしているのであろうか?」と興味が湧いたので、ソッコーでエトーのことをネット検索しちまったぜ。はたして、どこかアブナイ感じの目つきをした奴の画像が出てきた。ただアブナサについてはとやかくいうまい。あたしの書くブログも、似たようなものだからだ(読んでいるあなたたちもだぜ)。写真を見て、なぜか「『スネオヘアー』という芸人がいたな」と思い出した。

 あたしは、エトー君の主張とやらをじっくり読んでみた。彼の言っていることは、やっぱりかなりおかしい。「国立大学の皆様も、収入が少なくてさぞやお困りでしょう。学費を値上げすれば楽になりますよ。私たち、私立大学にとっても学生が集めやすくなります。国立・私立を問わず経営に余裕ができて、良いことずくめじゃないでしょうか」なんて、まことしやかなことを言っている。だけど理屈の本質は、さっき挙げたアホなラーメン屋と全く同じだ

 もっとも、こういうとエトーならびにその腰巾着たちは「はなしを単純化しすぎている」と反論するだろう。「国立大学は国の予算から出た交付金で運営されている。学費を上げれば、交付金を減らすことができる。したがって税金を減らすことにもつながりうる」こういうに違いない。

 この批判は、理屈では正しい。だけど、そもそも国立大学をなぜ創ったのか、という趣旨をまったく忘れている。「国を発展させるためには、優秀な人材が必要だ。その人材を養成するための費用は、みんなで負担しましょう」ってのが、国立大学を創ったそもそもの趣旨なんじゃないか?

 この趣旨に照らせば、ちょっと国民に負担がかかるのは当然のことだ。人材養成のための負担を一円も払いたくないのであれば、そもそも国立大学なんか全部、なくせばいいってことになる。学費を年に150万円にしろとか、中途半端なことを言うなよ。

 さらに言わせてもらうと、150万円という金額の設定も不可解だ。さっき書いたように私立大学の学費平均は理系で110万、文系で80万だ。国立の学費を年間150万円にすると、私立より高くなってしまう。なんでコクリツの学費をシリツより高くせなあかんの(思わず関西弁)?エトーの専門は物理学らしいが、150>110 or 80 という、小学校2年生程度の算数ができなくても、物理学を専攻できるのであろうか?あるいは、あんたの頭の中の異次元空間では150<110 or 80になっているわけ?

 それに、仮に学費を150万にして国立大学への交付金が減らせるようになったって、政府は減税なんか絶対にしない社会保険料だとかインボイス制度とか、政府がいろんな口実をつけて税金をぼったくる現状を見れば、そんなことはアホでもわかるはずだ。

 ここまで税金をふんだくられてる国民たちが「減税につながりうる」なんて絵に描いた餅を信じるわけがないじゃないか。エトーたちはそんなことも解らんのかね?ちなみに、あたしなんか収入のほぼ半分を税金でふんだくられている。これ以上税金をふんだくるのなら、国籍をリヒテンシュタインに換えてやるぜ。まったく。

 まあ減税のことはさておいてだ、エトーの騒動でいちばんおかしいのは、「なんで私立大学の側の人間が、国立の学費の値上げを提案するの?」ってことだ。

 「台所事情が苦しいから、ちょっと学費を上げさせてほしい」って、国立大学の学長がいうのならば話は分かるよ。だけど、まったく関係のない私立大学の人間が、なんでしゃしゃり出てくるわけ?この点はほんとに、他店の値段設定にいちゃもんつけるアホなラーメン屋と同じじゃないか。なんば花月のギャグよりもっと笑っちゃうぜ。

 エトーの話の矛盾は誰にだってわかるから、このブログではもうこれ以上、相手にしない。それよりあたしは、小学生よりも稚拙な理屈を、恥ずかしげもなく世間様に言っちゃうアホが、なんで出てくる世の中になったのか、という点に興味を抱くね。

  あたしは昭和の時代に生まれて、育った。あたしがすし学校を卒業する年に昭和が終わり、平成になった。つまりあたしの精神形成は、すべて昭和の時代になされた。昭和のヒーローといえば、フィクションで言えば「あしたのジョー」の矢吹丈とか、「巨人の星」の星飛雄馬などがいる。プロレスで言えばアントニオ猪木だね。政治家で言えば、田中角栄だ。これらのヒーローには共通点がある。みんな生まれがビンボーだとうことだ。それから脱出するために必死の努力をする、そこがカッコいいとみんな思ったものだ。

 この価値観を見事に反映しているのが、美輪明宏の「ヨイトマケの唄」だ。唄の主人公は、母子家庭に育った男の子で、母親が土方仕事をしているのに勇気づけられて、貧乏のどん底から這い出す。

 個人的な好みを言わせていただくと、あたしは「スクールウォーズ」というドラマが大好きであった。あたしは大学時代、かなり真剣にラグビーに打ち込んでいた。敗けたら悔しくて、悔しくて、本当に泣いたことが何回もある。だからスクールウォーズに出てくる高校生が「悔しいです!」と、首に青筋立てて叫ぶ気持ちがとてもよくわかる。

 あたしは運動選手としては二流以下だった。だから卒業と同時にスポーツは「打ち込むもの」ではなくて趣味に変わってしまった。そのかわりに、寿司を握ることに打ち込むようになった。情熱を燃やす対象は変わったけれど、「悔しいです!」と思うメンタリティは残った。そのことは、寿司職人としての修行において、すごく役に立った。あたしはもともと、しつこいというか粘着気質だ。だからうまく寿司を握れなかったりすると、悔しくて、悔しくて仕方がない。そればかりが何か月も気にかかる。それで練習を繰り返す。それで寿司を握るのが得意になった。

 「悔しいです!」は今ではお笑いのギャグになってしまった。全力で物事に取り組むのは愚かで、なるべく楽な道を行こう、というのが令和の価値観らしい。でも昭和の時代における男の子、イコール令和の時代のオッサンたちは、最初は「ビンボー」「弱い」「下手」「いくじなし」などのマイナスの特性を持ってる奴が、修練と努力により逞しくなってゆく、それが美しいと思う価値観を持っていた。あたしは今でもこの価値観を持っている。つまり、低いところから努力や度胸や工夫によって高いところに移る、そのダイナミズムを美しいと思うのだ。

 こういう価値観は、令和では物笑いの種になっている。でもいくら笑われても、あたしはこの価値観を捨てはしない。あたしと同じ世代の男たち、つまりオッサンたちの中には、「もう昭和じゃないから」なんて言って、力なく生きる今の若者たちに寄り添おうとするやつもいる。だけどガキどもに嗤われて、何が困るの?別に、なにも困らないでしょ?それに、令和の若者の中にだって、しっかりした奴はたくさんいる。

 たとえばあたしが勤めている「せとうち寿司学校」の学生の中には、親がビンボーで塾に行けなかった子がいる。公立の中学と高校に行って、そこで教師の言われるままに地道に問題集をやって、それで寿司学校に入ってくるような奴らだ。コンビニひとつない漁村に生まれて、独学で寿司学校への入学を果たす奴すらいる。まるで田中角栄だね。あたしのような昭和大好きのオッサンですら「そこまでやらなくても」と真っ青になるほどの、サクセスストーリーだ。

 こういう人間たちには、都会の人間になはない逞しさがある。パパやママに援けてもらわずに、自分で生きてきたことが自信になっているせいか、なんか独特のオーラを発している。きっと将来はいい職人になるに違いない。ノーベル賞の山中先生もポートピア寿司学校を卒業されているが、中高は公立で、実家はかなりビンボーだったらしいね。コクリツの大学の学費を値上げしちゃったら、そんな優秀な人材が出てこなくなるんだよ。エトー君!わかっているのかね、キミは?

 最近、わが国はすさまじい円安に悩まされている。「金利が低いことが原因だ」なんていう奴も多いが、根本の原因は違うんじゃないか。わが国の生み出す技術とか、製品とか、サービスとか、あらゆる価値が低く評価されるようになったから、円の需要が減ったんじゃないの?GDPでドイツに負けて、そのうちインドにも負けるだろうって言うのは、そういうことなんじゃないの?坂道を落ちつつあるわけでしょ?もう一度、這い上がりたいわけでしょ?だとしたら、「這い上がり」の矢沢永吉みたいな奴を大切にしないと。国立大学の学費を上げてしまったら、学問の世界の矢沢永吉が生まれてこないんだよ。エトー君!

 こういう事をエトー君にわかっていただくために、彼にはぜひ、わが「せとうち寿司学校」にお越しいただきたい。四国のド田舎から入学した、とっておきのビンボー学生を紹介するぜ。「成り上がり者好き」のあたしは、彼のことをかわいがっている。この間も彼と世間話をした。彼は(ビンボーなので)アルバイトをしている。そんな彼の生活にも楽しみがある。アルバイトの給料日に、サイゼリアに行くことだ。

 田舎であるせとうち県にも、昨年になってようやくサイゼリアができた。せとうち寿司学校の学生たちも(私立の寿司学校よりも貧乏なので)ずいぶんサイゼリアにはお世話になっているらしい。

 学生たちに話をよく聞くから、サイゼリアについてあたしもネットでいろいろ調べてみた。するとすこぶる評判が良い。「安いのに味は本格的」と言うのが大方の口コミである。自家農園を作るなど、材料の調達を最大限に効率化することにより、価格をおさえているらしい。人気がありすぎて「初めてのデートでサイゼリアに行くのをどう思うか」なんて討論会が、ネット上で開かれたりしている。

 エトー君と例の「成り上がり学生」を面会させるために、二人をサイゼリアに連れて行こう。エトーチュウ商事と言う大商社の創業者の孫であるエトー君は、サイゼリアなんか行ったことがないに違いない。庶民感覚がわかってもらえれば、「コクリツの学費を上げろ!」なんてアホなことは、言わなくなるかもしれない。

 でもやっぱりやめとこうかな。サイゼリアの安すぎる値段設定を見て、「安すぎる!値段を上げんかい!」とか、さらにアホなことを言い始めると困るからね。